works - これまでの上演作品

GHOSTS-COMPOSITION / IBSEN

(ヘンリック・イプセン著『幽霊』より)

作 / ヘンリック・イプセン

訳 / 毛利 三彌

構成・演出 / 矢野 靖人

レビュー

[…]つまり、古典的なジェンダーを道具立てとしてドラマを構成するイプセンの戯曲を括弧にくくり、その戯曲と現在との距離感をあえて可視化することで、矢野演出は、「神の死」を迎えた時代としての近代の果てで、〈父=夫=男〉という超越的存在を欠いたまま〈母〉と〈子〉が延々と戯れるほかない、〈死〉に近接した時空間――ポスト・ヒストリカルなユートピア/ディストピアを描き出したと言えるのではないか。同時代に対する鋭敏な認識と、空間・時間に対する美的感覚と、俳優の静かな佇まいの中からエネルギーを発散させる演技方法とを結合させ、矢野は鮮やかなビジョンを造形し、見応えのあるポスト・ドラマ(ハンス=ティース・レーマン)を創造した。
大岡淳(演劇批評家、「マガジン・ワンダーランド」掲載)

演出ノート

産業構造が地殻変動を起こし、社会が高度に情報化し、複雑化しつつある状況下で、家族という人のコミュニティの最小単位を見つめ続けたのが他ならぬイプセンだ。『幽霊』もまた広義の政治的な問題を孕んだ作品であり、読み返せば今も単なるフィクションでは収まらないリアリティを持って迫って来る。
私たちは果たして本当に“近代”を超克し得ていたのだろうか。世界は今、あらゆるところで安易な大衆迎合主義が蔓延り、極端に排外主義的な極右化の波に翻弄されている。その一方で、今、まさに私たちは、SNSを通じて大量虐殺が世界中にライブ中継される時代をも生きている。何がポスト真実だ。私たちは今、大きな時代の過渡期を生きていて、足元がその土台から揺らいでいる。急いてはならない。時代の現実を捉えるためにこそ、我々は過去へ遡って沈思しなければならない。
多勢が世界の現状に対する性急な処方箋を求めている現代だからこそ、私は敢えて、直ぐには役に立たないことなぞに集中したく思う。芸術活動を通じて、この世界のあまりに性急な流れに抗いたいのだ。
2016年12月某日 矢野靖人

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