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安全確保と倫理に関する覚え書き

演劇の稽古場は、俳優の身体、感情、記憶がむき出しになる場所です。私はこれまで、その脆弱さ(vulnerability)に賭けることでしか立ち上がらない演劇があると信じてきました。しかし同時に、その脆弱さは容易に傷つけられ得るものであり、だからこそ創作の場には、意識的で継続的な安全と相互尊重の実践が不可欠であることを、私はあらためて強く認識しています。

2022年に、私が昔(2013年頃)行っていたshelfの稽古場での関わり方について、参加者を傷つけたとの指摘が寄せられました。指摘の一部については自身の記憶と一致しない点もありますが、複数の証言がある以上、自身の記憶を疑わざるを得ません。私の関わり方が参加者を傷つけたことを、改めてここに認め、深くお詫び申し上げます。

この認識に基づき、私は自身の創作実践を根本から見直し、再発防止と信頼回復のための具体的な取り組みを進めてきました。

1. 継続的な学習と外部知見の導入

2022年以降、私は安全確保、同意、倫理的ファシリテーションに関する継続的な学習を行っています。これには、創作過程における権力関係、芸術的責任、ケアを主題とした、アートノト(東京芸術文化相談サポートセンター)等のオンラインプログラムおよび公開講座の履修が含まれます。これらの知見は、今後のリハーサル運営および演出方法に積極的かつ体系的に反映していく所存です。

2. 同意に基づく創作プロセスの確立

私が主導するすべての創作プロセスは、明示的な説明と同意を前提として実施します。出演者は、身体的、感情的、または物語的素材への関与について、事前の合意なく要求されることはなく、また、プロジェクト内で不利益を被ることなく、拒否または撤退する権利を有します。

この権利を実質的なものとするために、以下の措置を講じます。

  • 稽古初日に全参加者が内容を確認・署名する同意書(コンセント・フォーム)を作成・保管し、プロジェクト終了後に様式を公開します。*1
  • 「拒否・撤退しても不利益を被らない」ことを、矢野以外のスタッフ(制作担当等)が口頭でも説明する役割を担います。

なお、外部ハラスメント相談窓口として、全国公益法人協会のノンハラ(https://lp.koueki.jp/nonhara/)と年間契約を締結し、全参加者に対して稽古開始前に連絡先を書面で周知します。*2

  1. *1 今年最初に実施するプロジェクト「交差/横断するテキスト2.0 黒い花の遺産―CROSSING TEXT 2.0 The Legacy of the Black Flower」においては、同意書の件名を「稽古場参加に関するご確認とご理解のお願い(Acknowledgement and Confirmation Regarding Participation in Rehearsals)」として、日本語・英語・インドネシア語の3ヵ国語併記でオンラインフォームとして作成し、事前に口頭での質疑応答の時間を設けつつ出演者・スタッフ間でこれを共有します。
  2. *2 今のところノンハラは日本人を対象としているので、国際共同制作プロジェクトの現場においては、必要に応じてshelf内部に英語対応の担当者を、また共同制作相手のカンパニー内部にも担当窓口を設けて貰うようにします。

3. 芸術的意図および方法の透明化

リハーサル開始前に、すべての参加者に対して、以下の事項を明確に共有します。*3

  • プロジェクトの概念的および芸術的目標
  • 扱われ得る繊細な主題や素材の性質
  • 探究に用いる創作および演出の方法

これにより、参加者が自身の関与について十分な情報に基づいた判断を行える状態を確保します。共有した内容は文書化し、プロジェクト終了後にウェブ上で公開します(扱った素材の概要、用いた演出方法の概要を含む。)

  1. *3 「交差/横断するテキスト2.0 黒い花の遺産―CROSSING TEXT 2.0 The legacy of the Black Flower」においては、共同演出者であるシル・イルハム・ジャンバックと共に事前に準備をして、この件について初回オンラインミーティング時に共に取り組みます。

4. 権力関係への自覚と均衡化の措置

演出家という立場が持つ構造的権力を自覚し、その影響が一方的にならないよう、以下の取り組みを行います。

  • 出演者が自身の言葉で意見を表明できる環境の整備
  • 演出方針および指示に対する批判的フィードバックの受容
  • 可能な場合における第三者(ドラマトゥルグ、ファシリテーター、提携機関等)の関与

第三者(ドラマトゥルグ等)が関与した場合は、その役割をクレジットに明記します。

5. 記録および説明責任の確保

リハーサル過程は適切に記録され、関係者間で共有されます。懸念や問題が生じた場合には、それを個人の責任に帰するのではなく、可視化し、記録し、組織的に対応します。

記録の公開については、以下の方法を実施します。

  • プロジェクトに参加するリサーチャー/ドラマトゥルグによる制作記録レポートをプロジェクト終了後に一般に公開します(国際共同制作の場合は日本語訳を含む。)
  • ノンハラ窓口への相談対応フローの概要を事前に関係者に共有します(相談内容の秘密は厳守します。)
  • 公演終了後、参加者への匿名アンケートを実施し、結果の概要を次回公演前に一般に公開します。(実施方法については事前に参加者に説明、相談の上。)

6. 継続的見直しと対話

安全確保および倫理的実践は固定された規則ではなく、継続的に更新されるべき実践であると認識しています。私は、協力者、関係機関、ならびに国際的な芸術倫理の動向との対話を通じて、自身の方法論を今後も検証し、改善し続けることをここに表明します。

なお、本覚え書きに記載した実践の履行状況については、各プロジェクト終了後に上記記録・アンケートをもとに検証し、必要に応じて本覚え書きを更新します。更新の履歴はウェブサイト上で公開します。

2026年4月11日

Theatre Company shelf 代表 矢野靖人

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