記事一覧

一徳会「悪霊/島」会場について。

石井園仮設野外劇場
千葉県鎌ヶ谷市初富928-472
北総線/新京成電鉄/東武野田線「新鎌ヶ谷」徒歩8分

アップロードファイル 167-1.jpg

ここです。

仮設とあるとおり、仮設なので劇場を仮設する作業も進んでいます。
演出と男性俳優陣を中心にしてがしがし作業してくださっています。

作業の過程はこちらからご覧いただけます↓
http://www.facebook.com/KAMAGAYAag
(アカウント持ってなくても見られるはず)

ちょっとした土木工事のようです。

3月下旬が本番だから少しは春らしいんじゃないかしら。春希望です。


一徳会 第十回公演「悪霊/島」↓
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=26317
http://theatre-shelf.org/main.htm
http://theatre-shelf.org/kwbch/diarypro/archives/165.html

チケットはこちらからもご予約いただけます↓
http://ticket.corich.jp/apply/34074/005/

一徳会、絶賛稽古中です。

アップロードファイル 166-1.jpg

写真はある日のひとコマ。
太平さん(上)と爲近くん(下)です。

今回の作品の原作である「悪霊島」は横溝正史が著した推理小説。探偵・金田一耕助といえばご存じの方も多いと思いますがそのシリーズの中のひとつです。雑誌連載後、1980年に刊行され、1981年に清水邦夫脚本、篠田正浩監督で映画化されています。

登場人物が多くて人間関係やら利害関係やらは何度も読んでやっとああ!ってなるくらい複雑。ていうか単に読みなれていないせいもあると思うけれども。

しかし稽古場は楽しいです。この人はどんなこと考えてて、どのあたりが敏感で、どんな言葉を使うのか。言葉を交わすことは発掘作業にどこか似て、とても難しく面白い作業であります。まだまだ全体像が見えずスリリングではありますが。

個人的には、「土」というのがポイントだなと感じていて、それは野外公演だからという物理的なものでなく(発端にはなってるけど)、何かもっとその土地で生活をする人たちの中に長い年月をかけて刷り込まれ、組み込まれてきた土の匂いとか温度とか湿度とかそういったもの。これから野外での稽古が増えるのでそこでまた探りたいと思っています。


そんな公演の詳細はあちこちに↓

一徳会 第十回公演「悪霊/島」
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=26317
http://theatre-shelf.org/main.htm
http://theatre-shelf.org/kwbch/diarypro/archives/165.html

一徳会 第十回公演「悪霊/島」

アップロードファイル 165-1.jpgアップロードファイル 165-2.jpg

名古屋能楽堂での企画を終えた後から合流し、ただいま稽古中です。
shelf12「構成・イプセン―Composition/Ibsen」に客演いただいた沖渡祟史さん、鈴木正孝さんの
所属劇団、一徳会へ客演させていただきます。

初めての千葉・鎌ヶ谷。久しぶりの野外。

どうぞご覧くださいませ。


一徳会 第十回公演
「悪霊/島」
横溝正史『悪霊島』より

[原作] 横溝正史『悪霊島』
[脚本] 清水邦夫

[構成・演出] 石井幸一

[出演]
沖渡祟史
前島謙一
鈴木正孝
小助川玲凪
伊藤祥子
爲近敦夫

太平
川渕優子(shelf)
春日茉衣(shelf)


[日時]
2012年3月23日(金)~3月24日(土)
3/23(金)19:00
3/24(土)19:00
※雨天時決行ですが極端な荒天時にはお客様の安全を考え中止とさせていただく場合がございます。
その際は開演3時間前までにご連絡させていただきます。

[会場]
石井園仮設野外劇場
千葉県鎌ヶ谷市初富928-472
北総線/新京成電鉄/東武野田線「新鎌ヶ谷」徒歩8分
tel.090-6124-9308 fax.047-443-9487

[料金] 日時指定・全席自由
一般 前売 \2,000 当日 \2,500
学生 ¥1,000 ※要予約・受付にて学生証のご提示をお願いします。

[チケット取扱]
一徳会
web. http://www.1tokukai.org/
tel. 090-6124-9308
mail. info@1tokukai.org

こちらからもご予約いただけます。→ http://ticket.corich.jp/apply/34074/005/

メモ

3月に客演する舞台の稽古(詳細は改めて)の合間、
自宅本棚前で立ち読んだ本、鈴木忠志演劇論集「内角の和」より。

はっきりいうが、演劇という舞台作品において、部分の総和が全体でないように、俳優は部分などというものではない。俳優それ自体のなかに全体性が投影されているのであって、俳優が概念としての思想、活字において書かれた作家の思想などというものに、部分として役割づけられるものではないことは、もはや自明のことである。戯曲こそ、現在を生きる俳優のなかで、ひとたび死に、俳優の感覚や意識を通して蘇生してくるものなのだ。われわれが劇場に行くのは、戯曲を聴きにいくのではなく、この体制のなかで非日常的に成立する感覚的時間を体験しにいくのであって、俳優が観客を必要としつつ、自己の可能性としての姿にめぐり会う瞬間を見にいくのである。

(「演技と情況」より)

しかしながら、どのような可変的な状況におかれようとも変容しないものを本質とみるなら、演劇というものの本質は、ことばそのままの意味で“人間”という以外ないし、そして生身の人間の行為をどうみるかという現場性を重視する立場をとる以外その本質に触れる道はないように思う。

(「現代演劇の現場性」より)

「演技と情況」は1969年、「現代演劇の現場性」は1971年に書かれたもの。

閉じてはいけない。

あれとこれが違う。それとこれも違う。違いを知ることはとても楽しい。
自分自身について改めて考えてみる機会になるし発見もあったりするし。

でもその違いを「どっちが正しい!」てなるとどうしようもないんだなあ。
そんなことをどれだけ挙げて比べていたってどこにも行けないんだよなあ。

そういうことを聞いていると不毛だなあと暗い気分になる。閉じている。


あの時感じたことはそんなことではなかった。
あの瞬間、いつもの舞台と同じに心が動いた。
同じだ。同じなのだな秘めて大切なことは。

私の選択のために私自身がもつゆずれなさをもって臨んでも、それを飛び越えて共有できる感覚がある。
そのゆずれなさとは、あれやこれやそれやこれであって、それらはどれも表層なのだ。
目に見えて分かりやすく違いがはっきりと確認できる。けれど本質はそこにはない。

でもゆずれなさは大切なんだけどね。そのゆずれなさが好きなんだけどね。