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言葉の取り扱いを慎重に、しかし臆せず、且つ走りながら、私たちは自分自身の言葉を発していかなければならないのだと思う。

朝から陰惨なニュースが入って来てかなり、重い。酷い。残酷に過ぎる。こうしてまた憎悪が連鎖していってしまうんだろうなと思うとやりきれない思いがする。右にも左にも組する気はないけれど、例えささやかなものであっても僕は僕に出来るアクションを日々、起こしていかなければならないのだと痛感する。

もっともっと考えなければならない。もっともっと、想像力を駆使して“相手”のことを考えなければならない。決して憎悪の連鎖を繋げてはならない。

恐怖するその対象をこそ、そのものの理解に全力を挙げて努めなければならない。

言葉だ。言葉の取り扱いに最善の注意を払わなければ、慎重に取り扱いつつ、怖れず臆せずこんなときこそ、自分の使っている言葉が本当に自分の言葉なのか? と考え続けなければならない。おそらくは、走りながら、考え、発していかなければならない。

憎悪し、恐怖し、敵を探し出して暴力の対象とする流れが来る。きっと自分こそが最大の善意で、全くの正義なのだという顔をして。

そのような流れに対して、例えその姿が愚かに見えようと一人一人が冷静に、哀しみをいっぱいに抱えて、おろおろとしなければならないのだと思う。

人質にされ、暴力を振るうための材料にされ命を奪われたジャーナリストの後藤さんの書いた本が、全国で売り切れているというニュースが今、いちばんの救いで、光だ。
 
 

  • 2015.02.04 (水) 13:57
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  • Yasuhito YANO

たとえるなら感覚は「ドーナツの輪」の部分で、

元・神戸製鋼社会人ラグビーチームのキャプテンで、1999年にはラグビーW杯日本代表に選出された平尾選手。現役時代からファンでした。同い歳だったとはぜんぜん意識していませんでした。

それはともかく、ここのところ稽古場で、基礎訓練とか俳優教育に関してずっと考えていたことが、言葉は違えど、ここにはっきりと書かれていてとても面白かったです。

まくパフォーマンスを発揮できなくて悩み始めたとき、僕らは「どこかにそれを解決する方法があるはずだ」「正解があるはずだ」と考えてしまいがちです。そして新たな情報を探し出しては取り入れるものの、しっくりこない。そこからまた「なぜだろう」と悩んでしまいます。

なぜそういうことが起きるかと言えば、感覚を置き去りにしているからです。ノウハウや知識が悪いわけではありません。ただ、新しい筋力トレーニングの方法だとか、いろんな手法を知って取り入れようとするときに、「これさえすれば、うまくいくはず だ」となぜか思ってしまう。

だから、それがうまくいかなければ、また別のノウハウなり正解を求めるといったように同じことを繰り返すのです。

見えない自分の体を内側から捉える。その感覚が重要であり、おもしろいところなのですが、いまは「科学的根拠に基づいた情報」が過剰に出回っていて、分かったフリができてしまう。だからいくら懸命にやってもうまくいかない。「科学的には正しいのに、なぜできないのだろう。それはきっと自分が間違えているからだ」と、ともすれば自分を責めることにもなる。

いまだから言えることなのですが、感覚がどういったものかを伝えるためには言葉が必要なのです。たとえるなら感覚は「ドーナツの輪」の部分で、言葉はドーナツの本体です。輪の部分は空気ですよね。実際には何もなく実体がない。ドーナツがそこにあることで生まれる空間なわけです。そのものずばりを名指すことはできない。
ただ、言葉にしようともがき続ければ(つまりドーナツができれば)、輪が生まれる。行間や身振り手振りをひっくるめて感覚が浮かび上がるのではないかと思うんです。

だからこそ知識や情報に頼るのではなく、自分の感覚を語る勇気を持って欲しいですね。「はっきり言えないから」と諦めてしまえば、明快な答えを求めてどこかに正解があるのではないかと勘違いし、自分の感覚を疑ってしまいますから。

平尾剛さんとか、為末大さんとか、バリバリのアスリートでありながら、同時にすごく知的で、深く鋭い思考の持ち主が最近少しずつ増えている気がします。彼ら/彼女らの言葉には、スポーツやパフォーミングアーツに関わる人たちだけでなくもっともっと多くの人がもっともっと耳を傾けるべきと思います。

#351 感覚と言葉をつなぐ試みがこの先の道を照らす

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  • 2015.01.26 (月) 16:23
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  • Yasuhito YANO

2015年1月のオープン基礎稽古

2015年1月オープン基礎稽古のご案内です。来年1月も引き続きshelfの基礎稽古をオープンにして開催します。以下は、以前に書いたことの繰り返しですが、

しばしば楽器演奏やバレエ等の指導者に言われることで、誰もが知っている有名な次のような言葉、

「一日練習を怠ると自分には分かる。二日怠ると批評家に分かる。三日怠ると聴衆に分かってしまう。」( “If I miss one day’s practice, I notice it. If I miss two days, the critics notice it. If I miss three days, the audience notices it.” )

と、これを最初に言ったのは、パデレフスキーというポーランドのピアニストなのだそうですが、この感覚、何がしかのレッスンを行ったことがある人には何となく感覚的に分かることだと思います。

さて。楽器演奏者や歌手、バレエやコンテンポラリーのダンサーなど目に見えて技術の練達が“分かる”職能についてはさておき、これ、俳優という職能を考えたときにはどうなんでしょうか? 僕は俳優も楽器奏者と同じく、あるいはアスリートと同じく日々の訓練が欠かせないものなんじゃないか? と考えています。

では、というかしかしというか日本ではこれがスタンダードな、俳優が熟達するための練習法である。という、メソッドとか、システムとかってものが殆ど存在しないのではないか。

勿論、スタニスラフスキー・システムやアレクサンダー・テクニーク、フェルデンクライスメソッドにリー・ストラスバーグの開発したメソッド演技、あるいは鈴木忠志のスズキ・メソッド、等々、日本ではあまり知られていませんが、世界にはたくさんの俳優のための訓練方法があって、だから意識的に自主的に“学ぶ”ということを行っている人も多いとは思います。

ですが、しかしながら、なかかなかに常日頃から自分の身体の操作法や発語法、所謂演技をするための方法を身に付けるべく、定期的に(クリエイションのプロセスに伴ってというのではなく)それを日々実践されている方はあまりいないのではないか。というか、そういう場所がそもそもないのではないか。

そしてそれって、あまりヨロシクない環境なんじゃないかなあと。

で、shelfは基本、創作期間以外についても週に3日、基礎稽古を行っています。なので、それを取り敢えず、一般に開放してみよう。と考えました。

勿論、他でもない自分たちがそれを必要なコトと考えて行っていることなのですが、そういう場所があるのであったら、自分の(作品作りのための)稽古のない時期に、自分を磨くために稽古をしたい、という方が他にもいるかも知れない。であれば、そういう意識的なことを考えている人がいたら、一緒に稽古をしてみたい、と。

具体的には、簡単なボディワーク(ストレッチ、呼吸法、重心のコントロール等)か中心ですが、参加者の顔ぶれ次第では、参加者に合わせて短いテキストを使ったシーンスタディもやってみたいと思います。

参加費は場所代として一人500円。世田谷区内の公共施設(千歳船橋や明大前付近が多いです。)でやっています。

2015年1月のスケジュールは下記です。

10日(土)18:30‐22:00
13日(火)18:30‐22:00
15日(木)18:30‐22:00
17日(土)18:30‐22:00
20日(火)18:30‐22:00
22日(木)18:30‐22:00
24日(土)18:30‐22:00
27日(火)18:30‐22:00
29日(木)18:30‐22:00
31日(土)18:30‐22:00

ご興味持たれた方がいらっしゃいましたらぜひ、お気軽に矢野(yano@theatre-shelf.org)までご連絡下さいませ。(場所はご連絡頂いた方に直接お知らせします。)
 
 
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  • 2014.12.27 (土) 10:46
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  • Yasuhito YANO

事例検討会とか

ケアワーカーの仕事の事例検討会が終わって、成城学園前。珈琲を飲みながら、新しく入るかもしれないご家庭の資料や、あと事例検討会で貰った参考資料、杏林大学保健学部看護学科の先生が書いて下さったという【子どもの応急処置】ってのを読んでます。

これが、本当に難しい。けがや熱傷の応急処置とか、けいれんとか心肺停止時の対応とか、あと誤飲の対処法とか。一概に吐かせれば良いという訳ではないことを初めて知ったよ...

吐かせてはいけない場合 ①腐食性物質により穿孔の恐れが多い場合で服用後30分を過ぎているもの ②灯油誤飲、揮発性有機溶媒の誤飲 ③鋭利な固形物を飲んだ場合 ④意識障害がある場合 ⑤けいれんがある場合 ⑥6ヶ月未満の乳児 ⑦何を飲んだか分からない場合。

例えば、塩素系漂白剤とかトイレ用洗剤については催吐厳禁で、牛乳や卵白を投与するのが家庭での応急処置である、とか、乳液などは水分補給、煙草やナフタリンは催吐、とか。

とても、勉強になります。

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この仕事も始めてからそろそろ半年程になります。基本は個人で世田谷区に登録し、区と提携している特定非営利法人の事業所から依頼のあった家庭に逐次派遣される、というお仕事なのですが、養育困難の片親のご家庭に入って育児補助とか、ケアとかいいつつ、じっさいこちらの方がいろいろと学ぶことの多い現場です。同じく世田谷区の中学校の特別支援学級での介添員の仕事といい、いろいろとやっていて思うところはたくさんあります。でもまあ、取り敢えずは、目の前のことを続けてみよう。出来ることから一つずつ。

  • 2014.12.26 (金) 14:24
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Miss Knife chante Olivier Py

思い立って各駅停車の旅で静岡へ。いつもshelfの舞台写真を撮ってくれてるフォトグラファーの原田真理さんとデート。

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目的は、オリヴィエ・ピイさんのミス・ナイフ。何もかもが最高でした。艶やかでセクシーでダイナミックで、そして詩の言葉! 強くリリカルで、あらゆる修辞を駆使しているのに決して難しくなく、柔らかい、そして微かに死の匂いを感じさせる。そんな言葉を全身に浴びて来ました。最高でした。

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オリヴィエ・ピィ(Olivier Py)|1965年-

劇作家・演出家・映画監督・俳優。1965年、南仏グラース生。熱烈なカトリック信仰と自らの同性愛とを詩と演劇の力によってアクロバティックに結びあわせ、「受肉の奇蹟」としての舞台創造を目指す。1987年にパリ国立高等演劇学校(コンセルヴァトワール)に入学、並行してカトリック学院で神学と哲学を学ぶ。1998年から2007年までオルレアン国立演劇センターを指揮、同年3月から12年までオデオン座の芸術総監督を務める。2013年、フランス・アヴィニョン演劇祭のディレクターに就任。SPACではこれまでに『イリュージョン・コミック―舞台は夢』、『若き俳優への手紙』(2008年)、『グリム童話』3部作(2009年)、「オリヴィエ・ピィの『<完全版>ロミオとジュリエット』」(2012年)を上演。主な出演映画に、『猫が行方不明』(1996年、セドリック・クラピッシュ監督)など。

  • 2014.12.24 (水) 13:05
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