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ディディエさんとお友だちになったよ!

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センティオで16番目の演目! ディディエガラスさんの「アルルカン、再び天狗に会う」観劇。面白かったなあ。skypeで日本の大学の先生の教わって、一生懸命日本語を覚えてのパフォーマンス、と聞いていたのに、ナンセンスな言葉にならない言葉(ジブリッシュ?)や、中国語や、イタリア語やフランス語をまくし立てて、それらがすべてナンセンスで。本当に子供の遊びのようにナンセンスで。観ていた子供がきゃっきゃ喜んでたのがほほえましかった。羨ましかったよ。彼女の感受性が。

それにしても、力の在るパフォーマーの演技には、意味なんていらないんだな、と。存在に歓びがあふれている。特にそれが、コメディアデラルテのような仮面劇の即興劇の場合だと。(注釈を入れておくと、厳密にはコメディアデラルテそのものではなくて、距離をとったパフォーマンスです。悪しからず。)

誤解のないように説明しておくと、仮面を外す、という行為を介して非常に良質なメタシアターの要素もある芝居で、75分間飽きずに観られました。

現代劇です。伝統的なモチーフを使っていますが、能を習いに京都に研修に来ていらしたことがある方で、きっちりと金剛流の宇高先生に能を習っていて、しかしそれなのに、現代劇です。そこがとても面白いのです。

個人的には最後の、すべての面をはずしてからのディディエさんの一人語り(仏語・字幕)が良かったなあ。ネタばれ? いやいや。そんなこと知ってても楽しめますよ。上にも書いたけど、子供づれのお客さんにもお勧め。

公演は明日まで。そのあと福岡に飛んで、9月に鳥取の鳥の劇場の鳥の演劇祭に参加されるそうです。観に行きたいなあ、鳥取。無理だけど(涙)


終演後はディディエさんの要望で、豆腐料理の店に。食べ放題でちと食べ過ぎたかな。でもヘルシーな料理ばかりで、とっても美味しかった。つたない英語で真面目な話やジョークを飛ばしあいながら。至福の一日でした。

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明日の公演は19:30から。残席僅かなようなので、ご予約はお早めに。

あと明後日に即興劇のワークショップもあるらしいので、確か参加費2,000円だったかな。興味のある人は遠慮せず申し込んだらいいと思う。僕も受けたいくらい!

  • 2012.07.08 (日) 23:49
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  • Yasuhito YANO

七ツ寺プロデュース「HR」(構成・演出/鳴海康平)観劇。

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七ツ寺プロデュース「HR」(構成・演出/鳴海康平)観劇@サブテレニアン。

昨年名古屋・七ツ寺共同スタジオで滞在制作された作品の再演。

再演といえども、出演者が13人→5人に減っていたり、初演時は名古屋の俳優だけで作られていたものが、再演時には東京の俳優も混じっていたりとか、勿論場所が違っていたり、いろいろと要素が違う。使用されるテキストも違う。モチーフは同じだが全く違う作品だといっていいと思う。

初演は観てないけど。

とまれ、個人的には非常に濃密な60分を過ごすことができた。もちょっと考えたいことがあるので今日も観に行く。

プライベートな関心事と、パブリックな問題の接続の難しさを思う。

なんとなれば、舞台芸術はたとい瑣末な、ごくプライベートなことを描いていても、パブリックな問題時に接続されていなければ、観客と体験を共有出来ないのではないかと思うからだ。

それ自体が古い考え方だろうか。あるいは演出家は、問題の共有について、あまり関心がないのかもしれない。ただ、風景を描きたい。そういう欲求にしたがって創作しているのかもしれない。しかし、

悪く言えば、俳優へのインタビューから構成された上演テキストは、所詮、俳優のゆるい私語(ごめん、悪意はないです、)を聞かされるにすぎない。そんな60分である。ああ、若干、某小説家の小説からのテキストの引用もあるといえばある。そこはテキストの、虚構性が高いので当該の小説を読んでいなくてもすぐにわかる。

それはさておき、

しかしそこに、舞台上にあるのは私語を喋りつつも“素”の俳優では決してない(はずの)身体がある。しかし私語を喋る俳優の身体は、圧倒的にゆるい。それだけを取り出せば退屈と言ってもいい。

勿論、それだけではない舞台の諸要素が(映像とか音響とか俳優自身によって操作される照明操作とか、が)複雑に絡みあって、流れる時間そのものと、そこで繰り広げられる風景は単純に、退屈と切り捨ててしまうには複雑に過ぎていて、巧妙にそれを回避しているように見える。そのような演出家の意図が介在するように感じられる。それゆえに、ただ風景を描きたい、という欲望だけではない欲望がうっすらと感じられて、しかしそれを直接名指すことは何故か回避されていて、観ていて若干のストレスを感じた。

そもそももう一方には、つまり客席にはただじっとそこに座って、60分をその場に居続けるよう約束された(拘束された、)観客の時間が流れている。

ここ最近の鳴海演出のことを語るときに欠かせない、先にも少しふれた「風景」の問題を考えるときにココ、この部分、が、この方法で作劇をするのであれば、もっともっと掘り下げられなければならない気がするのだ。

「風景」と向き合うのには、先ず、能動的に、観る者が観る時間の、その尺を選択することのできること、つまりどのくらい眺めていたいか。の、選択の自由を必要とすると僕は思う。

余談だけど、松田正隆さんとかがやってる(やってた?)展覧会形式の演劇なんか、観客が自由に劇場内を歩き回って舞台を観る、そういうのって、そういう発想から生まれたものだと思う。

あるいはCOLLOLのやった、作品名忘れたけど「好きなところに座って下さい。」と受付で座布団を渡された芝居=固定された客席のない、即ち、途中で観る場所を移動してよい芝居とか。

そもそも単純に、「風景」といってもいろいろあると思うのです。

ただ、そこに人が在るだけの風景。(或いは人のいない風景。)人がいるとして、人と人が或いは愛し合っている風景、逆に人が人を虐げている風景。それらに無関心な、風景。

しかしそこで言葉が交わされるということは、言葉が発せられるということは、(内なる他者もふくめて、つまり独語の可能性も含めて、)“他者”とのコミュニケーションを求めている訳で。

そこのところの俳優の仕事はどうなっているのだろう。鳴海君は旧来的な意味での所謂“俳優”を必要としているのだろうか、という勘ぐりさえ生まれてしまう。

この作品については、いろいろな人の感想を聞いてみたいと正直に思う。それ自体、鳴海くんの仕掛けにハマっているのかもしれないけれども。

今日は大楽、14:00開演@大山サブテレニアン。当日券あるそうです。お時間ある方は是非。

  • 2012.07.07 (土) 07:44
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  • Yasuhito YANO

iaku 「人の気も知らないで」(作・演出/横山拓也)観劇。

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非常に素晴らしかったです。一つ前のエントリで書いた身体の景色とは全く方向性が違うけれども、なんというか、とにかくとっても良質な会話劇でした。丁寧な演出。魅力的な俳優。文句のつけどころない作品です。公演は明日明後日まで。見逃すなんてもったいないよ?

というか、我ながら、日頃ギリシア悲劇とかイプセンとか三島由紀夫とか、とかばかりを扱っていると非日常な人物、等身大の生活の埒外の出来事ばかりに目を向けがちだけれども、等身大の人物、身の丈の生活を描きながら、それを丁寧に掘り下げ、仕掛け、凝縮して劇作・演出することで生まれる緻密なドラマがあることを思い出した。そういえば昔はこういう作品が大好きだったんだ。MONOとか、八時半、青年団のファンだった頃の自分を思い出したよ。懐かしい。

や、勿論懐かしさだけじゃなくて、この作品は確かに、リアリズムというかナチュラリズムの傑作だと思うのだけれども、

というか、記憶がちゃんと一致していなかったんだけど、昨年だっけか、劇作家協会の新人戯曲賞を受賞した「エダニク」の劇作家で元・売り込み隊ビームの横山さんだったんだな、iakuの横山さんは。三重でカトリさんに紹介して貰ってご挨拶したことがあったのだった。いやあ、観に行って良かった。フライヤーのイメージと思いこんでいた作風が違ってて危うく見逃すところだった。

それにしても、今年のSENTIVAL! もiakuで14本目になるわけだけれども、(まあ、僕がちゃんと観れてるのはそのうち10本だけなんだけど、)ここに来て非常にウェルメイドでソリッドな会話劇が登場して、同じフェスに参加している身としてとっても豊かな気持ちになりました。

iaku「人の気も知らないで」、明日の夜の回が客席がちょっと寂しいらしいので、お時間ある方は是非センティオへ!

  • 2012.06.30 (土) 02:00
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昨夜、身体の景色を観終えて、トークを務めさせて頂いて。

書類作成の要があって早朝に起床。まだ昨夜観た身体の景色の興奮冷めやらない。

いい。良かった。素晴らしかった。

一見実験的な相貌をしながら、僕にとってはしれっとググっと絶品エンターテインメント。トークで何しゃべるか考えながら観てたのが悔やまれる。純粋に観客で、(なんて無理なんだけど、)頭空っぽにして観たかったなあ。

SPACの三島景太さん、観ているだけで幸せになれる、全身から発散されるプラスの狂気。もちろん岡野暢さんの存在感も圧倒的。一つ一つの動きに見とれてしまう。久保庭尚子さん、第一声で持っていかれました。圧巻。あの人の台詞の明晰さと説得力は何なんだろう? 謎。いつか一演出家としてああいう俳優さんの持ってる秘密を解きほぐしたい。リュカ.の境宏子さん、数年前と比べて輪郭が凄くっ切りした女優さんになっていて吃驚。見違えました。

西田夏奈子さん、出のプランずる過ぎ(笑)これも持ってかれる。ていうかフルコーラスかよ! ってネタばれ? いやいやぜんぜんそんなの関係ない! というか演出なんですよね。かけた音楽はかけきる。楽曲への演出のリスペクトと遊び心を十分に堪能しました。

ポかリン記憶舎の中島美紀さんとイプセン会の小川恵子さんのペアも素敵だった。青☆組の福寿奈央さん可愛い! てかその年齢でその役回りは反則でしょ(笑)可愛い。可愛すぎる。

身体の景色は、いつも思うんだけど総じて本当に役者がいい。狂気をはらんで捨て身で飛び込んでくる俳優のエネルギーに、何というか浄化作用のようなものがある。役者である岡野さんが率いる集団であることがうなずける。前回稽古場で見させてもらった、別役実の「まえまえかたつむり」と、なんだけ、もう一本の二本立てのときは、山の手事情社の山本さんやク・ナウカ吉植さんら、多彩で魅力的な男優祭りだったけど、

今回は、総じて女優陣のアンサンブルが三島さん、岡野さんの主軸を盛り上げていた。歌う。踊る。空間にほとばしるエネルギー。凝縮する衝動。

トークも楽しかったなあ。岡野さんの、演じ切った直後の疲れ切った身体から発せられる言葉の、しかし圧倒的なまでの一言一言の説得力たるや。僕の言葉なんかスカスカだったんじゃないだろうか。いやはや面目ない。

起承転結や序破急のような、「役」によって「物語」の時間を進行させるドラマツルギーを突破して、ダイレクトに身体に伝わってくるドラマって、成立するんだなと実感。

と書いてから今初めて演出ノートを見た(笑)

<演出ノート>
戯曲上にはない“浸食されていく男”という縦軸を戯曲に引く。男を浸食するものは、自分自身の“想像力(妄想)”か、も知れないし、または“運命”というものかも知れない。はたまたそれは、人間の内部にいかんともし難く湧き続ける“憎悪”という衝動かもしれない。想像力(妄想)、運命、憎悪。それらは「エレクトラ」の底辺に流れる大河でもある。男はやがて「エレクトラ」その虚構そのもに浸食され、飲み込まれていく。

うん。言いたいことは、というかこの舞台の説明はこれだけで十分だと思う。繰り返しになるけど、ただ単に戯曲の「役」とや「物語」を担保にして舞台を成立しやすい安全圏に置くのではなく、

戯曲の役を演じるのではなく、なんというか、人間のおかれた“状況”を一般的な時間軸を崩して圧倒的なエネルギーで、一挙に流し込む。それは生身の俳優と観客が空間と時間を共にする舞台芸術にしかできない仕事だと思う。映像には映像の良さがあるけど、僕はやはり舞台を選びたい。

身体の景色には、この方向でつきぬけていってほしい。変な話だけど、とても大きな元気を貰いました。また次も見たいんだけど、12月かああ。予定合うかな。

公演は本日マチネ/ソアレの残すところ二回のみ。場所は日暮里のd-倉庫。とても素敵な空間でした。日暮里って聞くと遠そうだけど、案外近いですよ。

ご興味もたれた方は是非!

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撮影:村山良

  • 2012.06.24 (日) 05:49
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  • Yasuhito YANO

テヅカ TeZukA

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ひょっとしたら観劇は初めてかもしれないオーチャードホール。昔舞台のバイトをしていた時に徹夜バラシに入ったことはあったけれども。

で、追加公演の千秋楽に滑り込んだシェルカウイ「テヅカ」@オーチャードホール、なんちゅうか映像というか手塚治虫の画が圧倒的に良かった。手塚治虫の漫画や書道家の書をアニメーションにしてるんだけど、すげえカッコ良かった! あと、やっぱり言葉にぐっと来るんだな自分。ラストにかけてのアトムの台詞の引用が良かった。肉声化される言葉。声。

音楽も良かった。そりゃま突っ込みどころはいろいろあったけど、楽しみました。満足。

  • 2012.02.28 (火) 07:50
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  • Yasuhito YANO