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◎表現の深さについて、あるいは新しさはどこから生まれるのかということ。

小劇場レビューマガジン「マガジンワンダーランド」にまた拙稿を掲載頂きました。5月に上演された、身体の景色vol.8「戦場のピクニック」「Lady Macbeth」@日暮里d-倉庫の劇評です。

劇評というか、何というか、まあ、あいかわらずちょっとよく分からない、そしてまたいつものように冗長な文章になってしまっているように思いますが、お時間がございましたら。

http://www.wonderlands.jp/archives/25767/

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  • 2014.07.30 (水) 16:34
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平田オリザ「わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か」(講談社現代新書)

 
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京都への高速バス車内にて読了。買ってからずいぶんと、何だか読む気がしなくってずっと積ん読状態だった。でもまあ、今のタイミングで読んでおいて良かった気がする。

柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺

これをただ、ハイコンテクストな文脈でお互い暗黙のうちに察しあうのではなく、この句の意味内容を敢えて言葉にして、身も蓋もない説明をして、しかもその作業に伴う虚しさに耐えていかなければならない。

社会的弱者と言語的弱者とは、ほぼ、等しい。社会的弱者は、何らかの理由で、理路整然と気持ちを伝えることが出来ないケースが多い。というよりか、理路整然と伝えられる立場にあるなら、その人は、たいていの場合、もはや社会的弱者ではない。

だから、そしてこれから私たちが迎える“多文化共生社会”で求められるコミュニケーション能力とは、論理的に喋ることが出来る能力よりか、“論理的に喋れない”立場の人びとの気持ちを汲み取れる=発話のコンテクストを理解することが出来る能力なのではないか。

あるいは、何か発話することが難しい状況があったとして、その原因を発話者個人にのみ帰するのではなく、いったい、そこは話しかけやすい環境になっているかを問うていくという考え方が、新しいコミュニケーション教育、新しいコミュニケーションデザインの考え方だ、という話。

そして、人間は、演じる生き物なのだ。進化の過程で私たちの祖先が、社会的役割を演じ分けるという能力を手に入れたのだとするならば、演じることには必ずなんらかの快感が伴うはずだ。だから、いい子を演じるのを楽しむ、多文化共生のダブルバインドをしたたかに生き抜く子どもを育てていかなければ、という話。でした。

いろいろ思うところはあるけど、未読の方は、ぜひ。お勧めします。

  • 2014.07.29 (火) 10:16
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「忘れられない一冊、伝えたい一冊」

小劇場レビューマガジン「マガジンワンダーランド」に「忘れられない一冊、伝えたい一冊」というテーマで拙文を寄稿させて頂きました。ちょっと長いですが、よろしければぜひご一読くださいませ。

◎ 「ソシュール講義録注解」 (フェルディナン・ド・ソシュール著 法政大学出版局)
http://www.wonderlands.jp/archives/24412/

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  • 2013.09.20 (金) 10:33
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寺山修司 「邪宗門」

もひとつだけ投稿。

7/27(土)のマチネに、作/寺山修司 演出/J・A・シーザーの「邪宗門」@座・高円寺を観に行って来ました。初日前に全ステージ前売完売、急遽追加公演が成ったという話題作。万有引力は二回目だけど、寺山修司作品はこれが初めて。

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いやはや、世界のテラヤマの言葉にのっけから圧倒。J・Aシーザーの音楽に至っては、今も音楽の振動が身体に残ってる気がするくらい、凄い舞台でした。

俳優は、井内俊一さん、渡辺敬彦さんらベテラン勢は勿論、小林桂太さん、村田弘美さんが素晴らしかった。八木くん、金原、森君も、あと、久しぶりに会った杉村誠子ちゃんが楽屋挨拶に行ったときとてもいい顔してて、ああ、こういうことって、とっても素敵だなあ、と、感動しました。

しかし、しかし。「邪宗門」、41年も前に書かれてんのかと思うと、なんともはや。戯曲と演出と、ドラマと表現と。頭の中が、如何にもグルグルとします。

もっともっと思考を深めなければ。というか、外に、もっともっと遠くまで行きたい。

「風たちぬ」に出て来た印象的な台詞、「設計はセンスだ。」「創造的人生の持ち時間は10年だ。」が突き刺さります。

  • 2013.07.30 (火) 00:59
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DULL-COLORED POP、木ノ下歌舞伎

一昨日5/27(月)の観劇ノート。先ずはマチネにDULL-COLORED POP番外公演「プルーフ/証明」@シアター風姿花伝を観劇。番外といいながら圧倒的なクオリティ。実は谷君の芝居を観るのは恥ずかしながら初なんだけど、ポップでスピーディ且つソリッドな演出に脱帽。翻訳も彼が手がけてるんだよね。全く大した才能があったもんだ。

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デヴィッド・オーバーンの戯曲はもちろん、また演出もさることながらしかしとにかく俳優陣がみんな、とっても魅力的でした。特に百花亜希ちゃんが凄まじかった。 前からふわりとした空気を纏ったチャーミングな女優さんではあったけど、今回はぎゅっと凝縮された芯みたいなものが感じられて、

役の孕む“脆さ”と、その芯の強さとが同時に存在していて、とにかく彼女の演技には圧倒されっ放しでした。自分が演りたくて、自分で本を選んで、演出と俳優を集めて、制作総指揮を兼ねて、というのが、つまり背負うものへの責任の重さが、彼女にきっとすごい力を与えていたのではないかしら。

そしてきっと、劇団という集団に所属したことがとても良かったのだと思う。俳優はやっぱり自分が背負うものの大きさで、成長するものだと思うから。

で、ソアレは目白から横浜に大移動して、関内にある十六夜吉田町スタジオで木ノ下歌舞伎「黒塚」を観劇。いろいろお思うところあったけど、こちらも非常に面白かったです。

演出は杉原邦生君なんだけど、TPAMで観た邦生君の作品より個人的にはこちらの方が好みだったなあ。ストイックな緊張の続いた先に在る、型を突き抜ける身体の解放。しかし最近の若い演出家は多才なヒトが多いのね。感心してしまった。

そうそう、「黒塚」観たことなかった筈なのになんか聞いたことのある話だなあ、と思いながら観てたんだけど、あ、これ奥州足達ヶ原かと気付いて納得。有名な伝説でしたね。あと、武谷公雄さんという俳優さんの名前は覚えておこうと思ったよ。素晴らしかった。

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写真は奥州安達が原ひとつ家の図/月岡芳年

  • 2013.05.29 (水) 06:29
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