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東京二日目。/本日(10/10)付の中日新聞夕刊に名古屋公演の劇評が掲載されました。

東京二日目。マチネもソアレも集中の高い客席に恵まれて、とてもいいステージでした。評判も上々です。ご来場いただいた皆様、誠に有難うございます!

そして本日(10/10)、中日新聞夕刊に名古屋公演の劇評が掲載されました。

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圧巻だったせりふの応酬
安住恭子の舞台プリズム
shelf「私たち死んだものが目覚めたら」

 緻密な演出で古典や近代劇に取り組んできた劇団shelf。今回上演したのは、イプセンの最後の戯曲「私たち死んだものが目覚めたら」(矢野靖人構成・演出)だ。生きることの意味を根源的に問うイプセンの戯曲に、果敢に挑戦した。
 芸術家として成功を収めた彫刻家が、その代表作のモデルだった女性と再会する。若い妻との生活に飽いている彼は、その女性と共に再び創造の活力を取り戻したいと願うが…。そこで描かれるのは、理想を追求して仕事に没頭することが、常に愛や生活を犠牲にすること。しかも理想の果てにある高みに立ちたいという願いも、どこまでいってもかなえられないという現実だ。
 イプセンは、その高みを目指す男と、欲望のままの生活を求める妻、そして愛と芸術の象徴としてのモデルという三人の関係を通して、そうした裂け目を描くのだ。しかも男は、山に登ることもなく、営々と地上を旅し続けている―。
 今回圧倒的だったのは、高みへと飛び立つ力を疎外し地上に縛り付ける強力な磁場を舞台上に作り出したことだ。それは、男の分裂や矛盾を含めて繊細に演じた阿部一徳と、その彼の夢の幻のようなモデルを象徴的に演じた川渕優子の力だろう。二人のせりふの応酬は、客席を金縛りにするほどの迫力があった。けれども他のシーンが弱く、戯曲に含まれていたさまざまなイメージをもうひとつ力強く立ち上げるには至らなかったようだ。(2日、名古屋・七ツ寺共同スタジオ)


初日にご覧頂いた安住さんの劇評、ちょっと辛口のコメントも最後に付されていますが、今回、僕がこの戯曲を使って描こうとした作品世界を丁寧に解いて下さっていて、とても有り難い劇評です。辛口なのも、今後への期待ゆえかな、(今までに比べて課せられているハードルが高くなって来てるのかな、)なんて勝手な解釈をしつつ、

しかし残念なのは、名古屋公演を経て、日々成長し続けているこの東京公演を、安住さんにはご覧頂けないこと。

ああ。もういちどご覧頂けたらなあ、なんていうのは演劇をやっている以上願っちゃいけないことなのかもしれませんが、本当に、空間を変えて関係を深めて、昨日も書きましたが、名古屋初日と比べてずいぶんと違った手触りの作品になってきています。至らない、と書かれてしまった戯曲の内包するさまざまなイメージについても、今は十分に広がりあるものになって来てるんじゃないかな。

東京公演は今日が二日目。昨日の初日に比べると、今日からまた一段と、俳優個々の力ではなくアンサンブルとして芝居が醸成しつつある気がします。人物個々の造型がぐっと際立って来ている。単に“良くなる”というのとは違って、“変化”して来ている。人物造型をここまできちんとシェイプで見せられる芝居って、今までのshelfにはあまりなかったかも。

名古屋で、せりふの応酬が圧巻と書かれたような、いわば線的・面的な圧力の溢れる芝居だったところが、単なる力押しでない、個々の俳優の造型に求心力があり、それでいてずっしりとした空間的な広がりのある、静謐な作品になりつつあります。

最近のテーマは、変化を怖れないこと。舞台作品は日々変化し、成長していくものだと思います。変化することは時に怖ろしく、痛みや苦しみを伴うこともある。だけど、変化が止まったらそこで作品は死んでしまう。それを乗り越えて、どこまで遠くまで行けるか。もちろん、ブレてはいけないところは押さえつつ、ですが、ここのところずっとそんなことを考えています。

そしてそんなふうにして作品に変化を与える最大の要因は、しかし僕ら作り手の力ではなく、その時その場所にいあわせる観客の力なのだと思う。

そして客席は毎日、ぜんぜん違う。

そうやって考えるとホント、演劇ってつくづく完成しない芸術です。まあ、そこがまた最大の魅力なわけですが、言い訳でなくてね。

というわけで、作品は日々、成長しています。一度ご覧になられたお客様にも、二度三度とご覧頂く価値ある作品になっていると思いますよ。よろしければぜひもう一度!

  • 2009.10.11 (日) 02:32
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  • Yasuhito YANO

東京公演、本日初日。/公明新聞一面コラム「北斗七星」でshelfのことが紹介されました。

そして場所を変えて本日。東京公演、無事初日の幕を開けることが出来ました。作品は、名古屋公演とはまた違った手触りの、しかしとてもいい仕上がりになっています。空間が変わったことの印象の変化よりも、役と俳優、言葉とからだ、俳優と俳優の間で共有されている関係の変化が、芝居をより深化させている。ちらほらとしかお聞き出来ていないのですが、ご来場いただいたお客様の評判もとても良いようです。

本日(10/9)、公明新聞一面コラム「北斗七星」で、shelfのことが紹介されました。

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「人形の家」に代表される女性の人権など、多くの問題を題材にリアリズム劇を確立した近代演劇の父=ヘンリック・イプセン◆そんな彼の戯曲の深化を舞台で表現するのは困難と言われてきた最晩年の作品にshelf(矢野靖人代表)が挑戦した「私たち死んだものが目覚めたら」の東京公演がきょう、板橋区内のアトリエ春風舎で開幕する(18日まで。問合わせ=shelf Tel 090・6139・9578)。すでに名古屋公演を終え、23~25日には京都公演も待たれる◆「表層ではなく、歴史を踏まえて現代を描きたい」と、shelfは主に古典・近代戯曲の舞台作品を制作し続けている。その実力は高く評価され、同じくイプセン作「Little Eyolf―ちいさなエイヨルフ―」は昨年、名古屋市民芸術祭の審査員特別賞を受賞。主演の川渕優子は利賀演劇人コンクールで最優秀演劇人賞を射止めた◆縁あって、名古屋公演直前の通し稽古に立ち会わせてもらったが、静かな佇まいの中から「語り」のエネルギーを発散させる矢野氏の独創的な演技手法に魅了された◆没後100年余を経てなお、シェークスピア以降で最も盛んに上演されている劇作家の魅力をどう現代に照射してくれるのか。本番での完成度が興味深い。


今回の作品の紹介だけでなく、作品についての僕のコメントや、あと昨年の受賞について、通し稽古をご覧になった感想なども交えてとても丁寧に紹介くださっていて、本当に有難い。そしてもっと有難いのは、この記事を読んで興味を持って下さったお客様。今日の新聞を読んで、とのお問い合わせや、チケットのご予約が本日何件もありました。

有難うございます!

明日から週末、一日二回公演が続きます。まだまだお席に余裕がございます。舞台芸術は客席に観客がいて初めて成立するという至極難儀な代物です。しかし、それだからこそ、その場に集い、その時に立ち会うことの歓びが必ずそこにあると信じています。

ひとりでも多くの皆さまのご来場を、心よりお待ちしております。

  • 2009.10.10 (土) 02:34
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  • Yasuhito YANO

無事帰京しました。

千秋楽は、10/4(日)14:00の回を終えてすぐにバラシ作業。18:00にはバラし終えて、照明スタッフの則武さん(名古屋在住)と東京公演の打合せを簡単に済ませて、七ツ寺の二村さんにご挨拶して請求書を頂いたうえでスタジオを後に。

実家に借りていたアイロンとアイロン台を返却して、19:00頃から東名高速をひた走り。恐れていた休日利用料1,000円の渋滞もなく順調に進む。

途中、浜名湖で夕食。勢いで食べたみそカツ丼はいまいちだった。矢場トンとかと比較しちゃダメなのはわかってるんだけどね。ああ、矢場トンといえば! 今回滞在スケジュールがかつかつで、客演陣に、名古屋の美味しいものを食べに街案内が出来なかったのがとっても心残り。まあ、遊びに行ってたわけじゃないからいいっちゃいいんだけど、旅先での食事は本当に大事です。心と体が一食の食事で心底癒されることがあります。

足柄SAを過ぎたあたりで東京到着は25:00を回ることが判明。SAに立ち寄って二度目の休憩がてら、レンタカー2台でどうやって各自の家までそれぞれを送り届けるか、算段をつけて散会。

エスティマ組はいちばん遠い劇団員の岩井を送り届けに横浜へ。その後第三京浜経由で玉川まで行って、途中世田谷(経堂)で櫻井を落として、それから大川を調布へ。取って返して渋谷でハイエース組の洋志に合流。(洋志はまず片岡さんを送り届けるために小竹向原に向かっていた。)渋谷でエスティマを返却して、ハイエースに同乗していったん帰宅。帰宅して床に就いたのはなんだかんだで翌日(10/5)早朝4:00頃。

で、翌9:00に小竹向原で荷降ろし。洋志と櫻井と音響のまやさんが手伝ってくれる。荷降ろしが無事に済んでそこで洋志と櫻井は解散。まやさんとハイエースを渋谷に返しに行って11:30。

それからまやさんと、まやさんにいろいろ相談ごとなどを聞いて貰いながら早めの昼食をご一緒して貰って、その後、芸術文化振興基金の平成22年度説明会に参加。13:30-15:30@青年会館(外苑前)。初めて参加したんだけど凄い人の数だった。知った顔もちらほら。横浜のUさんなど、本当に久しぶりに顔を見ることが出来た。元気そうでとても嬉しかった。

夕方雨の中いったん帰宅。温かいものでも食べようと、久しぶりに夫婦で太田尻家へ。なごむ。とてもなごむ。言葉がいらないくらいの数時間。およそ1カ月ぶり位にお酒を飲んだこともあって、ずっと張りつめていた頭と首、肩のあたりが久しぶりに緩む。美味しかった。行って良かった。人間、ちゃんと休めるときに休まないと。

なんて、お酒で緩めてしまったせいなのか、疲れがドッと出て今日(10/6)は一日まったく動けなかった。倒れっぱなしで一日何も食べずにいて、夕方になってようやくデリバリーのピザで夕食。楽日までお酒はお預けですね。反省。

というわけで明日は東京公演の仕込日。事務仕事も残ってるし、頑張って早起きしないと。

そうそう、東京公演、13日(火)は既に前売りを完売しています。(当日券はキャンセル待ちになります。)他の日程はまだお席に余裕がありますが、なにぶん狭い会場ですので、いつ売り切れになるかわかりません。(初日がもうじき売り切れになります。)

ご観劇ご予定の方は出来るだけお早めにご予約ください。よろしくお願いいたします!

初日無事に開けました。

三都市ツアー新作、初日が無事に開けました。客席の集中度も高くとてもいい初日でした。

毎回思うのですが、新作の初日というのはいつも見ていて独特の感覚を覚えます。演出家として、作品についてのビジョンや細かな意図、緻密な計算があってしかも稽古場でずっと見てきた芝居なのに、初日の客席にいるとまるで初めて観る作品であるかのような感覚に陥る瞬間がある。舞台上の俳優もきっとそうなんだろうけど、初見のお客様の作品との出会い方、発見や驚きが、やっているこちらにも侵入してくる。感覚がうつるというか、劇場空間全体で感覚が共有されるんでしょうね。

そもそもいい芝居というのはうまくすると何度見てもまるで初めて観るように観ることが出来るものです。それは俳優がちゃんと毎回初めて出会う出来事のように“巧く”演じることが出来ているからなのか、それとも本当に、じっさいに俳優が“初めて”の感覚を毎回新たに覚えているからなのか。

僕は先述したところの観客席との(初見のお客様との)感覚の共有があって、それを感じ取った俳優がじっさいにそれを“初めて”の感覚としてキャッチしているからなんじゃないかなと思っているのですが、そしてその“初めて”の感覚はきっと(初見の)お客様にも伝わって共有されている。一種の感覚の“共有”と“循環”が起きていると思うのですが、

どうでしょう。

客席と舞台とを含む、劇場全体での感覚の共有と交感。

僕自身はといえばそれこそがまさに劇場に足を運ぶことの醍醐味だと思っています。

  • 2009.10.03 (土) 11:07
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  • Yasuhito YANO

本日ゲネ&初日!

何度経験しても新作の初日はナーバスになりますね。作品に自信はあるのですが、舞台はホント、何が起こるか分からないし。お客様には勿論ですが、僕自身も楽しめる初日にしたいと思います。

名古屋でお手伝いして下さっている皆さまのご協力もあって、二日前にはちょっとどうかというようなさびしい予約状況でしたが、少なくとも初日はなんとか、ほぼ満席になりそうです。他の日も客席がガラガラで、なんてことはなく、そこそこにご予約が入っている状態で初日を迎えることが出来ました。有難いことです。有難うございます、みなさん。

しかし、しかし! そうはいっても明日以降は、残念ながらまだまだお席に余裕がございます。よろしければ皆さま、ぜひお友だちお知り合いお誘いあわせの上ご来場下さいませ。

皆様のご来場心よりお待ちしております!!