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FESTIVAL/TOKYO 2014 「GHOSTS 2.0」@東京芸術劇場

先週月曜(11/24)、フェスティバル/トーキョー14のプログラム、薪伝実験劇団(中国)『ゴースト 2.0-イプセン「幽霊」より』を観劇。演出は2012年の利賀・アジア演出家フェスティバルにも参加していたワン・チョン氏。1982年生まれ、と、おそらく中国ではまだまだ若手の扱いだろうにも関わらず、非常に洗練された“巧い”演出。

舞台上で進行する出来事をリアルタイムに舞台上や舞台袖から撮影し、上に吊られた大きなスクリーンに都度、スイッチングしながら映し出される映像がとても美しかった。舞台にビデオカメラを持ち込むことや、その使い方それ自体は今やさして目新しいことでもないが、センスが、抜群にいい。

俳優が舞台上で操作したときにカメラが三脚ごと倒れされて、床面からの画角で映し出される映像などの危うさ、おそらく演出家が撮影しているのではと思われる(客席から見えない)舞台袖からのカメラ映像は適度にソフトフォーカスされていて、且つ意図的に粗い画像にされていてそれが人でない“何者か”の視線を舞台空間に呼び込んでいるように感じられた映像などについては、とてもクリティカルな効果を生んでいたんじゃないかと思う。
 
 
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ただ、惜しむらくは俳優の演技が、どうしても映像的でステレオタイプな所謂“リアリズム”表現の域を脱しておらず、(それは無理筋でこちらの勝手な注文かも知れないが、しかし)結果、イプセンの描いた様々な問題が、ただの特定の個人の“個人的な問題”としてしか受け取られなかったのは、とても残念なことと思う。

イプセン戯曲(に始まらず、たいていの古典や近代戯曲について取り扱うさいもそうなんだけど、)を、今、この時代この場所においてアクチュアルなものとして取り扱うためには、おそらく俳優の演技をかなり自覚的に、壊すか、離すか、何かしらの仕掛けをしなければマズいのだ。でなければ、イプセン戯曲は容易に陳腐なメロドラマに堕してしまう。リアリズムな演技はこの罠に実にハマりやすい。

あと、翻訳の問題と、翻案という罠についても指摘しておきたい。安易な翻訳は、ことの切実さや取り扱われている問題をたいていの場合、驚くほど簡単に矮小化してしまう。古典や文化的背景の翻訳が必要なケースでは特に、我々はそのことに自覚的でなければならない。

イプセンの描いた問題、近代以降の人間が抱え込んでしまった存在の深い裂け目については今も変わらずに重要な問いとして私たちの前に横たわっている。それは間違いないし、今回の『ゴースト2.0』はかなりそこんところを覗き込もうとしていたように思える。成功している方なのだと思う。しかしだ。やはりしかし、なのだ。

http://www.festival-tokyo.jp/14/

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ワン・チョン(王翀)|1982年-

劇作家、演出家、薪伝実験劇団主宰。1982年北京生。北京大学で経済と法律を学び、ハワイ大学で演劇を研究し修士号を取得。2008年北京にて薪伝実験劇団を設立。マルチメディアパフォーマンスやドキュメンタリー演劇を創作、中国の実験演劇界を牽引している。アジア各地やヨーロッパで公演を行うなど、国外でも精力的に活動。2012年には利賀村で開催されたアジア演出家フェスティバルにも参加。戯曲や書籍、劇評の翻訳なども行っている。2013年、F/T公募プログラムに参加し『地雷戦 2.0』で「F/T アワード」を受賞。
 
http://www.jingdesign.cn/theatrere/

  • 2014.12.01 (月) 14:48
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  • Yasuhito YANO

ホドロフスキーのDUNE

観ました。下高井戸シネマのレイトショーにて。世界一有名な未完の大作。

すげえ良かった。本当に面白かった。最近なんだかずっとドキュメンタリーづいてるな。観たいな、と思う映画はだいたいドキュメンタリー。しかし今回のこれはまったくもってクレイジーな人たちしか出て来ない、本当に素晴らしい映画だった。狂気だよ、狂気。

生で何か近づいてきたら”イエス”と受け入れる。離れていても”イエス”だ。『DUNE』の中止も”イエス”だ。失敗が何だ? だからどうした? 『DUNE』はこの世界では夢だ。でも夢は世界を変える。

なんというしびれる言葉だろう。


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アレハンドロ・ホドロフスキー(ALEJANDRO JODOROWSKY)| 1929年-

1929年、チリのボリビア国境近くの町トコピージャで、ロシア系ユダヤ人の子として生まれる。 12歳の時に首都サンティアゴへ移住。サンティアゴ大学で心理学・哲学を学んでいたがマルセル・カルネの『天井桟敷の人々』に感動し、パントマイムにのめり込んだ後大学を中退。

1953年渡仏し放浪生活を送る中でマルセル・マルソーと出会い、『The Mask』『The Cage』という戯曲を共著、モーリス・シュバリエの芝居を演出した。パリでの学生時代にはトーマス・マン原作で実験映画を一本撮り、ジャン・コクトーに絶賛されたこともある。
1960年代中頃に、パリで作家フェルナンド・アラバールを知り、1967年、メキシコに移り、アラバールの原作で処女作『ファンド・アンド・リス』 (FANDO Y LIS) を完成。続く1970年に代表作『エル・トポ』(EL TOPO)を発表する。初興行の際、コロムビア、ユナイトといったメジャー系の配給会社から配給を断られ、音楽プロデューサーのアラン・ダグラスにより「エル・ジン」というスペイン語圏の映画を扱うミニシアター系の深夜上映が決定、1971年1月1日に封切られた。『エル・トポ』は噂が噂を呼び大ヒット、映画を観たジョン・レノンが虜になり、『エル・トポ』と次作の『ホーリー・マウンテン』(THE HOLY MOUNTAIN)の配給権を45万ドルで買い取ったという逸話もある。1973年に『ホーリー・マウンテン』を発表。1973年11月から1975年4月まで続くロングランを達成する。

その後、ミシェル・セドゥーのプロデュースによりフランク・ハーバートのSF小説『DUNE』の企画をスタート。本作で語られていたように、イギリスの画家クリス・フォスやフランスのコミック作家メビウス(ジャン・ジロー)、画家でデザイナーのH・R・ギーガー、『ダーク・スター』の特殊効果を担当し、後に『エイリアン』の企画、脚本を手がけたダン・オバノンを特殊効果のスーパーバイザーに配し、ミック・ジャガー、サルバドール・ダリの特別出演もかなったところで、金銭面の問題からプロジェクトが頓挫してしまう。1980年にはインドを舞台にした『TUSK』、1989年に『サンタ・サングレ/聖なる血』を発表。

ほか、バンド・デシネ(フランスのコミック)の原作者としてメビウスと『アンカル』を、フアン・ヒメネスと『メタ・バロンの一族』などを共作。また、フィリップ=カモワンと組んで、マルセイユ・タロットの研究・復刻事業にも取り組んでいる。

2013年に完成した23年ぶりの新作『リアリティのダンス』は、ホドロフスキー監督による自伝『リアリティのダンス』(文遊社刊)が原作。『DUNE』の頓挫により袂を分かったプロデューサー、ミシェル・セドゥーとホドロフスキーは本作『ホドロフスキーのDUNE』を通じて再会。ホドロフスキー曰く「彼は私のことを怒っていると思っていたんだ。我々は『DUNE』を完成できなかったから、彼とは話したくなかった。私は自尊心が強い男だからね。ところが会ってみると、まだ友人同士であることが分かり、2人とも『DUNE』を完成できなかったことを悔いていた。そこで私は新しいプロジェクトについて彼に話した。彼に何がほしいと聞かれたので、こう答えたんだ。“映画を作るために100万から200万ドルの資金がほしいが、内容は言えない。口を出されたくないんだ。私を信じてほしい。完成したら見せるから”すると彼は即座に“いいよ”と答えた。涙こそこぼしはしなかったが、彼の即答には本当に感動したよ。涙が流れる前に、その場を去らなければならなかったくらいにね」。

こうして作られた新作『リアリティのダンス』は、チリの田舎町を舞台に、権威的な父親、オペラを歌うように話す母親とその息子を中心とした家族の生活を、シュールレアリスティックなタッチや残酷さも交えながら描写。鮮やかな色彩と音楽、生命力に満ちた、ファンタスティックな作品となっている。

2013年のカンヌ国際映画祭で本作『ホドロフスキーのDUNE』と『リアリティのダンス』はともに監督週間部門でワールド・プレミア上映され、会場を熱狂の渦に巻き込んだ。

http://www.uplink.co.jp/dune/
 

  • 2014.11.22 (土) 11:51
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「鏡の中の鏡」

ミヒャエル・エンデは僕が子どもの頃読んで最も影響を受けている作家のひとり。ときどき説教臭さが鼻につくけど、やっぱりかなり重要なことを考えていた人だと思う。シュタイナーと演劇と、で、今の自分とつながるとはあの頃は夢にも思わなかった。

「はてしない物語」はぜったいにあの駄作映画の印象で判断してはいけない。夢幻的で不条理で迷宮的な、まさに字義通りのメルヘン。「モモ」は高校の学祭で芝居にした。僕はお話しをすることだけが得意なジジを演じた。「サーカス物語」は北大時代、まだ俳優をやってた頃にコンカリーニョのちずさん演出作品に。

でもたぶん、今いちばん直接に僕の創作のイメージの源泉になっているのは、短編が連鎖してお終いの来ない「鏡の中の鏡」。出だしは確かこんな感じ。


「許して。僕はこれ以上大きな声で話すことはできない。君が、そう、僕が語りかけている君がいつ僕の語りかけに気づいてくれるか僕にはわからない。そもそも、僕が君に語りかけているのに君は気づいてくれるだろうか? 僕の名前はホル。…」

ディテイルは多少、違うかもしれないけれど。


 芸術や文学のように、秘密や、多義性や、夢や、生の実質が問題となるところでは、合理主義は抑圧的にしか働きません。生のすべての領域に通用する普遍的な鍵などないのです。あるひとつの領域において判断の基準となる原則を、他のすべての領域に適用するなんて、到底許せないことです。
 
私の意図だなんて私に押し付けられてきたものは、どれも、私のではなくて、みんな、どこかの学者や批評家が解釈したものなんです。私は解釈には反対はしません。好きなように解釈してもらっています。ただ、そういう解釈によると、なんて私は賢いんだろうと、しばしば驚くだけです。
 
芸術がひとつの完成したフォルムになったとき、それは単一の「正しい解釈」を生むものではなく、重層的な意味を持つものになるからです。それでいいのです。いや、そうでなければ困る。だって作者の方でも、創作に従事するとき一元的な意味を狙っているわけではないのですから。


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ミヒャエル・エンデ Michael Ende | 1929年11月12日 - 1995年8月28日

ドイツの児童文学作家。父はシュールレアリスム画家のエドガー・エンデ。日本と関わりが深く、1989年に『はてしない物語』の翻訳者佐藤真理子と結婚している。1945年、16歳の時、疎開した14~15歳の少年が軍に徴兵され、一日訓練を受けた後前線に送られ、初日に学友3名が戦死する。ミヒャエルにも召集令状が来たが彼は令状を破り捨て、ミュンヘンまでシュヴァルツヴァルトの森の中を夜間のみ80km歩いて疎開していた母の所へ逃亡。その後、近所に住むイエズス会神父の依頼でレジスタンス組織「バイエルン自由行動」の反ナチス運動を手伝い、伝令としてミュンヘンを自転車で駆け回った。1948年、戦後に転入したシュタイナー学校を退学、演劇学校に入学。1950年、演劇学校卒業。1シーズンだけ舞台に立つ。主な著作に児童文学として、『ジム・ボタンの機関車大旅行』、『ジム・ボタンと13人の海賊』、『モモ』、『はてしない物語』。戯曲に『遺産相続ゲーム』、『サーカス物語』等。
 

  • 2014.10.08 (水) 13:57
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七ツ寺共同スタジオ40周年記念出版 『空間の祝杯Ⅱ~連動する表現の軌跡』

七ツ寺共同スタジオ開設40周年を記念して出版された『空間の祝杯Ⅱ~連動する表現活動の軌跡』。矢野も拙文ですが寄稿させて頂きました。その取材記事が朝日新聞(9/17朝刊)に掲載されました。


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名古屋市文化振興事業団の広報誌なごや文化情報にも、また違った取材記事が掲載されています。こちらはPDFファイルでwebに公開されています。

名古屋の演劇シーンと劇場文化そのものを牽引してきた二村さん。僕が生涯、足を向けて寝られない人の一人です。僕と川渕との結婚式でも祝辞を述べて頂きました。

それにしても、40年...なんという遠い響きでしょう。コツコツと、しかし樹木が根を張るようにしっかりと“劇場”という開かれた公(おおやけ)の場をしかも私(わたくし)の力で維持し、育て続ける。それがどんなに困難な仕事なのか。僕のような若輩には想像することすらなかなかにかないません。

現在、この書籍の出版記念パーティーに参加するために一足先に東京を離れて、俳優たちを稽古場に残して一人、名古屋に向かっているところです。久しぶりにお会いできる方がたくさんありそうでとても楽しみです。

  • 2014.09.30 (火) 16:44
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『「筋肉」よりも「骨」を使え!』(甲野善紀、松村卓)

『「筋肉」よりも「骨」を使え!』(甲野善紀、松村卓)読了。筋肉が骨を動かしているのではなく、筋肉の動きは骨の動きに随伴するものでしかない、という話しなぞはさすがに俄かには信じ難いし、語られている内容についてもある種の胡散臭さは無きにしも非ず、なんだけど、それでも読んでみて、非常に示唆に富んだ対談でした。

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対談だから読みやすかったし、少なくとも「安易に理由付けをしてしまう悪癖が、いまの時代の行き詰まりの元にあるんじゃないか」という点については大いに賛同するものです。頭も身体も、もっと柔らかくしなやかに在りたいのです。

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上の写真は背負子で200kg以上の米俵を背負ってたという戦前の日本女性。慎重150cm程度、体重も50kgないくらいの人が平気でこういうのを背負ってたっていう事実。他の本でも明治期や昭和初期について、市井の人々の記録写真を見ているといろいろ、驚愕させられることが多いです。

  • 2014.08.09 (土) 08:32
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