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『LUCY』, and 『THE MACHINE』!!

TSUTAYAでブルーレイディスクを借りてきて、リュック・ベッソン『LUCY』。ぶっ飛んだ。予告編からバカ映画感満載でなんとなく避けてたんだけどさすがはリュック・ベッソン。ど直球のファンタジーで、キワモノSFで、遊び心に溢れた超娯楽作。『E.T.』から『GHOST IN THE SHELL』から『マトリックス』も? 入ってて観ていてフツーにめちゃくちゃ楽しかった。満足。


“狂信的な”と評しても良いようなスカーレット・ヨハンソンのクレイジーな存在感。何を喋っても説得力のあるw 科学者役がどハマりしてるモーガン・フリーマン。で、ケレン味たっぷりのリュック・ベッソンの脚本と、演出。お腹いっぱいになります。映像もキレイだしコマ割りも巧みでリズミカルで、観ていてぜんぜん飽きが来ない。さすがです。拍手。

あと悪役のチェ・ミンシクって韓国の俳優がすげえカッコ良かった。リュック・ベッソン映画の悪役ってとどうしたってゲーリー・オールドマンが浮かんじゃうんだけど彼の仕事と比較してもまったく遜色のない。『シュリ』にも、『オールド・ボーイ』にも出演してるのね。見なきゃ。


で、一緒に借りて来ていた『ザ・マシーン』(原題"THE MACHINE")も続けて鑑賞。カラドック・ジェームズ脚本・監督。イギリス映画。こちらはもう、久しぶりに“パーフェクト”なSF(サイエンス・フィクション)映画。完璧。残酷なまでに美しくそして絶望的に哀しい。



不朽の名作リドリー・スコット監督の『ブレード・ランナー』(原作はフィリップ・K・ディックのこれまた伝説的なSF小説『アンドロイドは伝記羊の夢を見るか?(Do Androids Dream of Electric Sheep?)』)に最も近づいた映画、というふれこみに過度な期待を抑えてかなり引いた視線で観たのだけれど、めちゃくちゃ面白かった。とにかく面白かった。本当に。

“マシーン”と若き天才科学者を演じ分けたケイティ・ロッツと、脳を損傷してアンドロイド化した後に言葉を失った女性兵士を演じたプーネ・ハジモアンマディという女優二人の仕事がまさに革命的。こういう映画を観ると、普段、距離をとっている“リアリズム演技”の底力を見せつけられてしまって、ただもう、呆然とするしかない。

おそらく相当低予算のSFなのにも関わらず、コンセプトアートからセットデザイン、コスチュームデザイン、CG、そしてカメラワークまで本当に微に入り細に至るまで繊細な手が行き届いていて、神は細部に宿る、ではないけれどどれほど静かなシーンであっても映像にただただ、圧倒され続けました。お薦めです。

  • 2015.02.25 (水) 12:20
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  • Yasuhito YANO

百景社アトリエ祭2015

昨日は本番前の最後OFF。一日かけて、土浦まで百景社アトリエ祭を観に行ってきました。あいにくのお天気なのに客席は満席のアトリエ祭は昨日が最終日。客席には高校生や大学生、なかにはご高齢の方もいて。ここにアトリエを開いてからの2年間、志賀君たち百景社メンバーがどのように拠点を育ててきたのかがうかがわれます。たいへんだろうけど、きっととても遣り甲斐のあることなんだろうなあと。

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百景社アトリエ祭2015
http://www.hyakkeisya.org/atelier15.html

一本目は、shelf次々回作は、5月の『出口なし』に客演してくれる文さんの出演している鎌ヶ谷アルトギルドの新作、『いつも心に太陽を』(作/つかこうへい)を観劇。期待を裏切らない男芝居。素晴らしかったです。拍手。

石井君の演出とつかこうへい戯曲とは、頗る相性が良いのだと思う。何年か前に観た『熱海殺人事件』が、実はずっと個人的な石井演出のベストだったし。

だけどそれ以上に今作は、しかしぶ厚い大樹の幹のような肉感の溢れる、それだけでなく、はにかむような、或いは人を騙くらかして引き込んじゃうような笑みと、少しの悪意を潜ませながらそして、かつてつかこうへいが注いだ社会的弱者やマイノリティに対する限りない愛を丸ごと飲み込んで自分のものにしたような。まあ、僕なんぞにしのごのいわれるような余地のない、凄い作品でした。感動した。

2本目は百景社の『ロミオとジュリエット』。これにはすっかりヤられました。『ロミオとジュリエット』といえば、大迷惑な若者の身勝手な恋に振り回されるラブ・ロマンス(ラブ・コメディ?)と思い込んでいたのが、まさか、昨今の過激派による連続テロ事件や、世界に広がる憎悪の連鎖、この不穏な世界のどうにもやりきれない哀しさを映し出そうとは。

あと、客演の八木君が本当に素晴らしかった。もちろんそれは演出の志賀君の大胆な仕掛けが功を奏していたのだけれど。

打ち上げにもお誘い頂き、ずいぶん遅くまでお邪魔をしました。岐路は霧に包まれての常磐線。芝居を観て、いろいろな言葉を人と交わし、いろいろと発奮させられました。


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shelf volume19[deprived]@横浜TPAM初日まであと4日です。
 

  • 2015.02.09 (月) 12:02
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  • Yasuhito YANO

日比野さんの「気分を演出するレヴューとしての革命アイドル暴走ちゃん、または、日本人はいかにして季節感を失い、クソ真面目だけがとりえの国民になっていったか ── 日比野啓」を読んだ。

これはちょっと無視出来ない、ここには非常に重要なことが書かれている。...そんなことを思った。とても重要なことが書かれている。知を愛する人間としてもそうだし、それよりも、曲がりなりにも一人の芸術家の端くれとして、ここに書かれていることは心してきちんと受けとめなければならない。と思う。

それと同時に久しぶりに、知性の人の生硬な文を読んだという気がした。誰にいわれるまでもなく知というものは確かにある。有史以来それはずっとあった。今もあるはずだ。しかしそれが、今ほど軽くぞんざいに扱われてしまっている時代はなかったのではないだろうか? と、そのことに危機感というよりか、さびしさのようなものを僕は覚える。

最近、印刷・出版された書籍ではなくwebで手軽に読める記事とか劇評とか論文とかエッセイめいたものを読むことの方が時間的・比重的に確実に自分にとって多くなっていて、そのことについて我ながら一抹の不安というか危機感のようなものを感じてはいた。

というのも、僕は別に書籍を偏愛しているわけでも活字信仰者なわけでもないのだけれど、ネット上に溢れる文章は、文というより断片化された情報の継ぎ接ぎのように見えてくることがあって、それは本来、読書という体験が持っていた己の思考をフル回転させるというか、や回転というよりか、捻るとか、よじ切れそうになる、むりやりに己の頭の普段使っていなかった部分を抉じ開けられ、何かが引き出される、というようなそんな感覚の方が実感に近いのだけれども、

そういうことがインターネット上のテキストを読むという行為にはどこか欠けているのではないか? と感じていたからで、しかしこの日比野さんの文章には一塊の文、という印象があってとても心地よく読めた。

何故だろう。このこともまた改めて、時間をかけていつかちゃんと考えてみたいと思う。

それはともかく日比野さんの文を読んで、それに触発されてそも何が書きたかったのかというと、話しはぜんぜん飛ぶのだけれどレビューといえば僕は、山の手事情社の『道成寺』とか、何よりSCOTの名作『世界の果てからこんにちは』に始まる鈴木忠志の歌謡劇は、これもまたレビューなんじゃないか? と思っている。

特にSCOTの作品は、ストーリーを見せるというよりか、モチーフに沿ったシーンが抜粋される初期の『劇的なるものをめぐって』など、は僕は残念ながら(まあ、時代が違いすぎてどうにも観るのは不可能だったのだけど、)見ていないのだけど、その頃から続く鈴木忠志の作劇の手法の主軸の一つとして、特にいくつかの(昭和)歌謡劇についてはこれは、これも実はレビューなんじゃないか? ということをずっと思っていて、誰かそれを書いてくれないかなあ。誰もまだ書いていないよなあ、と思ったのだった。

が、こんな考えはおそらく日比野さんのこの論考の趣旨からは外れる。分かってます。はい。

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http://theatrearts.aict-iatc.jp/201501/2542/
 

  • 2015.02.06 (金) 10:04
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薪伝実験劇団『ゴースト2.0-イプセン「幽霊」より』

劇場レビューマガジン・ワンダーランドに劇評を寄稿させて頂きました。FESTIVAL/TOKYO 2014で上演された中国の若手気鋭カンパニーによるイプセン劇について書いています。相変わらず拙い文ですが、書く作業は何よりも自分を確認する作業でもあるので、こつこつ続けて行きたいと思っております。編集長のMさんには、「衒学臭が薄く、批判したいことにクリアに焦点が絞れて」いて、今まででいちばん良いとのお褒めの言葉を頂きました。そんなにいつも、衒学的な文章ばかりだったかなあ...


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薪伝実験劇団『ゴースト2.0-イプセン「幽霊」より』
◎イプセン戯曲の限界と、その可能性について
http://www.wonderlands.jp/archives/26332/

  • 2014.12.19 (金) 14:29
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ロボットと演劇

日付は前後するが先週は日曜日(12/23)、東京藝術大学にて、アンドロイド演劇を体験。シンポジウム“芸術と科学”―心はどこにあるのか―(青年団+大阪大学ロボット演劇プロジェクト)というプログラムで上野の森へ。ロボット演劇は昨年の第20回BeSeTo演劇祭で『三人姉妹』を観ていたのだけど、アンドロイドの方はこれが初めて。
 
 
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...いろいろと分かった。こんなものか。や、しかし一つだけどうしても理解出来ないのは、何故、アンドロイドの声を出すスピーカーを内蔵にしなかったのかということ。技術的な問題? とにかくそのせいで、フィクションがヘンなお約束ごとに堕してしまっていたように感じられ、それが残念でならない。

声(言葉)がどこから来るのか? ということと、人間の身体のしぐさ、つまり身体(の所作の醸し出すノイズ)との関係が非常に複雑なのは、それこそオリザさんが作って来た静かな演劇の本領だし、だから明らかにスピーカーがアンドロイドから離れたところにあって、(口先だけだけど、)口をそれっぽく(しかしもちろんかなり緻密に、ではある。)動かしているアンドロイドのそれが、結果口パクとして(ズレて)聞こえてしまう、ということはかなり致命的なことなのではないか。

人間とロボット(ここでいうロボットとは、アンドロイドとかバイオロイドとか、A.I.とか、厳密にはいろいろあるけど、取り敢えず人工的な、人(のかたちや心)を模した存在物全般を指すものとする。)との境界を描き、その境界を揺さぶる試み、と同時にそも、人間とは何か? を問うフィクションについて、と考えたら、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』に出て来るあのカリスマ的な人工知能HALに始まって、日本だと士郎正宗の、押井守の『攻殻機動隊』シリーズの電脳や擬体という問題系、順番を気にせず書き出すと他にもリドリー・スコットの(フィリップ・K・ディックの)『ブレードランナー(アンドロイドは電気羊の夢を見るか)』や、カレル・チャペックの『R.U.R.(ロボット)』のロボットには実は生殖能力がなかったこととか、遡れば、リラダンの『未来のイヴ』、フランケンシュタイン博士の造ったあのクリーチャー、ぜんぜん文脈が違うけど、清水玲子のジャック&エレナシリーズ(漫画)に出てくるヒューマノイド(「食べる」ことを神聖視するフォトリス人のルビィと「食べる」行為にトラウマを抱えるジャックの葛藤を描いた「20XX」(1993年)なんかはロボットを扱った漫画の中では隠れた傑作だと思う。)とか、少女マンガでは樹なつみの『オズ』のサイバノイド19(ナインティーン)とか、まあ、そんな感じで数え切れないほどの先例があるのであって、それらのほうが僕にはずっと今も魂を揺さぶられる仕事なのだ。だから、そういう先例と比べると、その、人間とロボットとの境界線云々についてだけ考えたらこのアンドロイド演劇『さよなら』は、どうしてもプロットもストーリーもギミックもすべて、残念ながら少しばかり稚拙に思えてしまう。

まあ、そういうことがこのプロジェクトの眼目ではないのかも知れなくて、僕が今こうして書いたようなことはまったく筋違いなクレームなのかも、だけれど。




2001: A SPACE ODYSSEY




BLADE RUNNER 30th Anniversary edition


攻殻機動隊ARISE border:4


あと、ぜんぜん別な問題として、詩の朗読というのはしかし、ほんとうに難しいですね。耳をそばだてて頑張って聞いてても、ぜんぜん詩の言葉が聞こえてこなくて、ちょっと困りました。

ただ、今日のシンポジウム登壇者で美女解剖学者の布施英利さん(東京藝術大学美術学部准教授)の、死体はモノか人間か。人間はモノではないのか? という文脈でのお話、死体は死体でしかない。人間でもモノでもなく死体だという、だからロボットはロボットという領域を極める方向に進めば良いのでは? という話は示唆的でした。
 
 
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初めて入った東京藝大の音楽学部のキャンパス。秋、深し。

  • 2014.12.01 (月) 15:25
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  • Yasuhito YANO

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