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稽古は続く。

稽古は続く。

僕は、基本的に俳優ってつくづく“祝福された”職業だと思う。その一方で、どれだけ役を作り込んでも、役を装っても、究極的には俳優の地の部分、パーソナリティがどうしても露呈してしまう業の深い仕事だとも思う。

必要不可欠なのは、自意識のバランスなのだ。素の自分でもない、ましてや役に引き寄せて役に成りきる、没入するなんてとんでもない。そうじゃない、クールでニュートラルな立ち方を、僕は稽古場で俳優に求める。

僕は、役になりきる俳優より、(そんなことあり得ないことなんだけど、)“素”でやってしまう俳優より、その俳優の、例えばA君の立っているときのA君´(ダッシュ)(それはA君でも役がらでもなく、俳優としての意識の在り方と言っていい。)が観たい。

サービス精神、というと誤解を招くかもしれないけでど、俳優には観ていてこちらをドキドキさせてほしい。相手役を困らせてほしい。(勿論、いい意味で。)

こう書くと語弊があるかもしれないけれど、そもそも戯曲は、所詮嘘でしかない。フィクションでしかない。一人の作家が頭の中で考えた妄想でしかない。それをどう扱い、どう楽しく(苦しく)座組みと共に自分の身体に落とし込んでいくか。

戯曲を立体化するというより、戯曲を使って自分のやりたいことをやる。それがいちばん正解に近い道のりだと思う。演出家に正解を求めてはいけない。正解なんて演出家だって持ってない。

乱暴な演出なんだけど、その俳優が切実にどうしてもやりたいことを持って、稽古場に持ち込んで、それを実現しようと足掻くことそのものこそがが、正解なんだと思う。

演技って、そんなすっきりしたものじゃないよ。余計なことを頭で考えちゃダメだ。稽古場では五感をフルに開いて、感じなきゃ。感じて、身体で反応しなきゃ。思ってるだけのことなんて、全然見えてこないよ。

  • 2012.10.24 (水) 01:44
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  • Yasuhito YANO

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