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「観劇の日々」 を読んで / C.T.T. selection in nagoya 07

先日shelfが参加したC.T.T. selection in nagoya の感想が「観劇の日々」に掲載されました。

「観劇の日々」は名古屋を拠点に精力的なレポートを書いていらっしゃる、しおこんぶさんの観劇ブログ。

http://shiokonbu.no-blog.jp/kangekinohibi/2007/10/cttselectionin__fec2.html

参加三団体の作品についての丁寧な感想のほか、C.T.T.という試演会の在り方についての意見も。

僕も先日C.T.T.の在り方について提言をしたばかりだったので、彼の「合評会」についての洞察や意見も面白く読んだのですが、今回の記事については、shelf作品についての感想、これがとても面白かった。というのも、僕らが今回の試演で検証しようとした「悲劇」という構成の持つ可能性について、もともと僕らが事前に想定していた以上のことを観劇から導き出して下さっていて。感動しました。

特に次の引用箇所の後段、


トロイアの女は、戦争に破れたトロイの王妃へカベの周辺にいる娘や子供が奴隷として連れ去られたり殺されていくといったもので、へカベ自身の悲劇というよりもその娘や嫁、孫の悲劇であると考えることもできます。
しかし、人間はいずれ死ぬことになっています。であるならば、死に逝くものより残されたものにこそ悲劇があると考えた時、この戯曲をへカベの台詞のみで構成することによって悲劇とはなにかということがより鮮明に浮かび上がってきたのはないかと思います。

「この戯曲をへカベの台詞のみで構成することによって悲劇とはなにかということがより鮮明に浮かび上がってきたのはないか」という部分については本当に、ただただ脱帽するばかりです。言われてみればまさにその通りなのですが、ゴメンなさい、作っている最中はそこまで考えていませんでした(笑)

それにしてもここに続く、以下の感想、


ひょっとすると、人間は生きていること自体が悲劇なのかもしれない、2千年以上の昔からこの戯曲が生き残ってこれたのは、悲劇はけしてなくならないことの証明なのかもしれない。それでも人は生きてきた。ありとあらゆる悲劇に襲われたヘカベが、神々に怒りや恨みを抱きながらも耐え忍んだ様に。そんな強さが人にはあるのだと信じることができる、壮大なドラマに気づかせてくれる作品でした。

など、あれだけの短いシークエンス(台本6ページ、台詞にして50~60行程度です)の上演からこういったところまで想いを馳せて頂けたなんて、本当に嬉しい。

こういった方を見巧手というのでしょう。広島の愛宕山レシーブの作品「赤い花と白い骨」についての感想も実に正鵠を得ていて、特に下記、


ストーリー自体は非常にシンプルなのですが、男の”生きること”に対する考え方の変遷が芝居の後半に一気に現れ、さんざん翻弄された挙げ句に”それでも生きるしかない”というある種の諦めにまで達した時、メキシコという国のイメージと見事に重なり、うわぁ面白れぇ! となっていました。

ここなぞは読んでいて思わず唸りました。僕も同じ作品を同じとき・場所で観ていたのに、僕も十分に楽しんでいたつもりだったのにそこまでは思いが至らなかった。悔しいなあ。くそう。

観客を選ぶようなつもりは毛頭ありませんが、思うに優れた観客、というのがあったとしてそれは知識が豊富だったり感性が鋭い人のことではなく、ただ、楽しむことに貪欲な方なんじゃないかと思います。積極的に“参加して”楽しむことが出来る人。

いろいろな作品をいろいろな観方で受け入れ・楽しむことが出来るというのはとても豊かなことだと思うのです。と同時に、そういう人に限って広い視野と鋭い観察力を持ち合わせているので、とても怖い観客でもあります。

僕が創り手として思わず襟を正してしまうのは、そういう観客に出会ったときです。

  • 2007.10.25 (木) 17:15
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  • Yasuhito YANO

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