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建仁寺塔頭 両足院(けんにんじたっちゅう りょうそくいん)

 
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弛める、解く、手放す、委ねる。初めて体験した坐禅の信条は、驚くほどふだんから心がけている僕らの、俳優のための基礎訓練の心構えに通底するものがありました。

一本のお線香が燃え切るまでの約15分(×2回、間に1分の休憩有)。ふだんは頭だけに集中しがちな意識を、からだ全体や、からだが接している床、からだを取り巻く空気に向けて、過ぎた時間やこれからの予定なども頭から振り払って、呼吸を楽しむように、ゆっくりと、一から十までを繰り返し数えながら、ただただ其処に在る。

この一から十まで数えながら呼吸を繰り返す、というのを数息看(すうそくかん)というのだそうなんですが、さて、何故かコレが、どうしても上手くいかず。というのも心の中で数を数えようとすると、どうしても理が勝ってしまうというか、頭に意識が集中しがちな状態になって、なんというか、上手く手放せなくて。

坐禅体験会が終わってから副住職の伊藤東凌さんにお話しを伺ったところ、ああ、それはもう数息看をおやりにならなくて良いですね。既に次の段階の、随息看(ずいそくかん)がお出来になっていらっしゃいます。とのこと。

なるほど、次の段階...ですか。では、ひょっとしたら更にまたその次の段階もあるんでしょうね? とおたずねしたら、後はもう、只管打坐ですよ(笑)と。

それは体験出来ますか? いや、そこまで来るといろいろと手続きが必要で、誰かしら住職を見つけて二週間とか一ヶ月とか住み込みでおやりになるしかないですねえ、とのこと。

つまるところ、なかなかにそんな簡単なコトじゃないってことでした。

しかし副住職の伊藤東凌(いとうとうりょう)さん、とてもイケメンでセクシーなお坊さんでした。ミーハー気分で記念写真を一枚。

  • 2014.07.29 (火) 11:06
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  • Yasuhito YANO

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