
| 「龍を撫でた男」
2006.2.8 Wed.→2.12 Sun.
横浜相鉄本多劇場 Yokohama Sotetsu Honda Theater 横濱・リーディング・コレクション#0 福田恆存を読む!参加作品 主催 / 横濱・リーディング・コレクション 実行委員会 共催 / 横浜SAAC(横浜舞台芸術活動活性化実行委員会)・ 横浜市 >> 28枚一挙掲載! 『龍を撫でた男』 舞台写真をUPしました。 2006/02/22 |
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| [戯曲] [演出] |
福田恆存 矢野靖人 |
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| [出演] | 飯村彩子 笠木真人 斉木和洋 (山の手事情社) 諏訪智美 (ク・ナウカ) 藤井麻由 三橋麻子 |
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| [音響+照明] [衣裳] [舞台監督] [舞台監督補] [当日運営] [宣伝美術] [写真] |
massigla lab. |
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| [場所] | 横浜相鉄本多劇場 横浜市西区南幸2-1-22 相鉄ムービル3F tel/045-319-2150 JR・東急東横線・相鉄線 横浜駅下車 みなみ西口徒歩5分 ![]() >> クリックすると拡大します |
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■ ストーリー 十年前に子供二人を不慮の事故で亡くした精神科医夫妻と、孫の死で精神のバランスを失した母親。戦争帰りで情緒の不安定な妻の弟が同居する、佐田家の数ヶ月間を描いた二幕五場。 ある元旦の午後、知人の劇作家とその妹の女優が夫妻を訪ねて来る。精神科医夫妻は倦怠気味で、精神科医と女優の秘められた関係がある。そしてその妻に求愛する劇作家。 ― (呟くように) ぼくだけは気ちがひになりつこないとでもいふんだね・・・。 恋の駆け引きと精神分析を回路に、静かに狂っていく世界。 |
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| ■notes 福田恆存の戯曲にはとても分かりやすくきちがいらしいきちがいが登場するあんまり分かりやすくきちがいらしいのでかえってほんとうはきちがいじゃないんじゃないだろうかと疑わしくなる『龍を撫でた男』にも多くのきちがいが登場するばかりか果ては唯一正常に見えた男までが気を違えるところで終幕を迎えるおそらくこれは何かの罠に違いない何の罠なのか分からない分からないが取り敢えず私はこの罠にかかってみようと思っている。 |
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| ■ごあいさつ(当日パンフレットより) ここは敢えて! 言い切ってしまいますが、「横濱・リーディング・コレクション」は 「ドラマ・リーディング」ではありません。戯曲(をはじめとした様々なテキスト)を 「読む!」ということを通して、「読む」はどういうことなのか、というその一点のみ を軸にした、一つの新しい舞台表現の創出を目指しています。 畢竟、今回のshelf版「龍を撫でた男」も決して戯曲の紹介というていのものではなく、 「私はこの戯曲をこう読んだ!」 という別の作品に仕上がっています。端的にいってオリジナルの戯曲とは全然違う作品になってます。 お話を捻じ曲げるということでなく、そこに書かれてある「言葉」を出来る限り、切実
なものとして届けたい、という想いからの確信犯的な誤読です。予めご了承頂ければ幸いです。 |
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■横濱・リーディング・コレクション#0について #0福田恆存を読む! 大正から平成を生きた福田恆存。彼の『シェイクスピア全集』現代語訳は、特筆されるべき仕事の一つですが、岸田國士や三島由紀夫と同時代を生きた福田は数多くの優れた劇作も残しています。 岸田國士を日本の台詞劇の創始者とみなし、その創作に多大な影響を受けている福田は、チェーホフに範をとった戯曲『キティ颱風』のような日常を淡々と描く戯曲も書きながらその一方で、シェイクスピア、T・S・エリオットらのような、劇的事件の中で人物が運命と直面させられる戯曲も多く書いています。台詞が台詞を呼び人物同士の思想がぶつかりあう作品は、日本の擬似的「近代」を批判し、近代的な知性や自意識にとらわれないギリシャ古典劇を積極的に評価した彼のたどり着いた、日本近代に対するもうひとつの回答だったのかもしれません。 横濱・リーディング・コレクション#0は、横浜所縁の劇作家シリーズ第一弾として福田恆存を取り上げます。 上演戯曲は『わが母とはたれぞ』『堅壘奪取』『龍を撫でた男』の短中篇3作。 演出は、椎名泉水(studio salt)、扇田拓也(ヒンドゥー五千回)、矢野靖人の3名。 |
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