shelf volume 20
「三人姉妹|Chekhov's "Three Sisters"」



久しぶりの静岡公演です。旧い友人が新しく静岡市内にリノベーションした建物内にアトリエ兼劇場を構えました。その劇場のこけら落し企画の一環として、7月に東中野のRAFTで制作したチェーホフ「三人(姉妹)」をリメイクして持って行きます。基本的なコンセプトは変わりませんが、今度は「姉妹」にカッコ()無しで。

七間町このみる劇場




登場人物たちの口にする未来に対しての責任と、今・そのときを生きる(しかない)人間のその幸福について考えたとき、ヴェルシーニンの語るあのあまりにも有名な台詞は、しかし歴史の終焉を迎えた“現代”を生きる私たちには残酷に、虚ろに、ときに甘く響いて、いつまでも耳の奥に谺する。労働(仕事)と人間の幸福、そして私たちが抱く未来という希望と忘却。これらを縦糸に、チェーホフ『三人姉妹』の数々の小さな叫びのような台詞を横糸に、60分ほどの小品を試作します。

矢野靖人


[出演]

川渕優子 Yuko KAWABUCHI
春日茉衣 Mai KASUGA
小川敦子 Atsuko OGAWA
北島莉恵 Rie KITAJIMA
出村良太 Ryota IDEMURA
横田雄平 Yuhei YOKOTA

[公演日時]

2015年10月24日(土)〜10月25日(日) @七間町このみる劇場

24(土)

25(日)

14:00

20:00

・受付開始、及び開場は開演の30分前です。
・上演時間は60分を予定しています。

[衣装協力]
[宣伝美術]
[共催]
[企画・制作・主催]

竹内陽子 Yoko TAKEUCHI
オクマタモツ Tamotsu OKUMA
七間町このみる劇場
shelf

[会場・アクセス]

七間町このみる劇場
〒420-0035 静岡県静岡市葵区七間町11-5 イマココ3F
Tel 054-269-5898



[...]前回「三人(姉妹)」@7月RAFTのときと決定的に違うのは、前回はオーディションを経て集まった若手中心で組んだキャスティングだったのに対し、今回はshelfに所属して依頼おそらく初めて前回shelfの作品に出演していなかった川渕優子が、今回は出演していたこと。空間が全く違ったのと、ほぼほぼ若手は同じキャストながら、今回は彼ら/彼女らを決して若手扱いせず、というか過剰なほどに演技や創作姿勢について高い要求をして、彼ら/彼女らが稽古場で本当に度々切羽詰りながら、最終的にはしかし本当に奮闘してくれたこと。前回は20代が中心でしたが川渕が入ることで年齢幅がぐっと広がり、まったく違う作品になったような気がします。

以前にも掲載したかもしれませんが、当日パンフレットに掲載した文章を再掲します。


■ごあいさつ

 僕が日本人の作家のなかで数少ない、とても好きな小説家の一人、保坂和志氏のエッセイを引用します。劇作家としてではなく小説家としてのチェーホフについて言及されている箇所があって、以前これを読んだときにそれまで持っていた僕の中のチェーホフに対する印象ががらりと変わったところがあってそれでこれがずっと印象に残っていて、もちろん、「学生」という短編小説それ自体も、そもそも普通に読んでいてとても面白い小説なのですが、

時間の端と端

[…]チェーホフに「学生」という短編小説がある。文庫本にしてわずか七ページ。しかし内容はとても深い。

春のはじめ、一人の神学生が田舎道を歩いている。夕方になって冬の寒さがぶり返し、彼が「リューリクの時代にも、イワン雷帝の時代にも、ピョートルの時代にも、これとそっくりの風が吹いていた」というようなことを考えていると、焚火をしている農婦と出会う。

焚火にあたらせてもらいながら彼は、ペテロもこのような焚火にあたったのだろうかと思う。弟子たちはみんな、どこまでもあなたについていきますと言ったけれど、実際にイエスが捕えられると弟子たちは散り散りに逃げた。

ペテロもその一人で、イエスが鞭で打たれ、尋問されるのを、中庭で焚火にあたっている作男たちにまじって遠巻きに見ることしかできなかった。するとそこにいあわせた者たちから「あなたがイエスと一緒にいるところを私は見た」と言われ、ペテロは「私は彼を知らない」と答えてしまった。ペテロは中庭から出て、激しく激しく泣いた……。

聖書中のこの話を学生がすると、年老いた農婦は微笑みを浮かべたまま、いきなりしゃくりあげ、大粒の涙がとめどなく流れた。

別れたあと、学生は思う。農婦が泣き出したのは、あの瞬間ペテロが彼女に身近なものになったからだ。過去はつぎからつぎへと流れ出す事件の連鎖によって現在と結ばれている。自分はたった今、その鎖の両端を見た。一方の端にふれたら、もう一方の端が揺らいだのだ――と。

チェーホフにはこういう、時間の流れの果てしなさ、自然や宇宙の広大さを、人間の有限性と対比し、人間の有限性がどこかでかすかに響き合うという話がいくつもある。

この農婦の一方の端はペテロだけれど、両端が無名の人間だって同じことだ。自分がそのときにいだいている気持ちの総体が、誰かに言葉で説明されることよりも、遠い昔に生きた誰かと強く響き合っている実感できるとしたら、その方がずっと喜びが大きいと思う。そういう想像力が、人間の有限性や孤独を救うことができるのではないだろうか。[…]

(保坂和志著、河出文庫「言葉の外へ」より 初出「将棋世界」1997年4月号)

 

 今回、チェーホフの戯曲「三人姉妹」のテキストを用いて僕が舞台上に乗せたかったものについてはじっさい、ほとんどここで言い尽くされています。

 shelfはここ数年の作品制作で、所謂一般的な「ドラマ」としての起承転結や序破急のある(そしてそれが台詞や対話で紡がれる)タイプの構成方法ではなくshelfにユニークで新しい物語形式を模索しています。時間と空間と、それから俳優の身体に澱のように堆積した俳優の生活史。俳優個々の記憶、感情、衝動、皮膚感覚を初めとした様々な感覚、そして俳優と俳優、俳優と空間、俳優と観客の皆様との関係と、それに等価なものとして置かれた様々なテキストを切断して抜き出したテキストの断片からそれらを再構成し物語を「語る」方法。

 「三人姉妹」に登場する人物たちの語る未来に対しての責任と今・そのときを生きる(しかない)人間のその幸福について考えたとき、ヴェルシーニンの語るあのあまりにも有名な台詞はしかし歴史の終焉を迎えた“現代”を生きる私たちには残酷に、虚ろにときに甘く響いていつまでも耳の奥に谺する。労働と人間の幸福、そして私たちが抱く未来という希望と忘却。これらを縦糸に、チェーホフ『三人姉妹』の数々の小さな叫びのような台詞を横糸に、60分ほどの小品を試作しました。

 ただしそれは、どこまでも自分たちの生きる時代、即ち今・ここに限定された演劇という営為でありながら、同時に先に引いた保坂和志氏のいう「時間の端と端」に触れられるような、100年以上前を生きたロシア人作家の生と時間と、現代を生きる我々の生と時間、それらが重なり、またイメージが増幅しあいながら、今・ここの制約を抜け、互いに互いが共振していくことが出来るような、そんな祝福された特別な時間を皆さまとこここの劇場で創出出来れば、と、切に願っています。

 上演時間は60分です。短い時間ではありますが、どうぞ最後までごゆっくりお楽しみ下さい。

 演出、矢野靖人

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 ...1900年に執筆され、スタニスラフスキーの演出で1901年にモスクワ芸術座にて初演、そこで大成功をおさめたチェーホフの「三人姉妹」。

 1901年というと、例えば日本では官営八幡製鉄所操業を開始した年であり、9月には 清が列国(英国・仏国・米国・ロシア・ドイツ・日本などの11か国)と北京議定書(辛丑条約)に調印(外国軍隊の北京駐留を承認)し、アメリカではW・マッキンリーの死去に伴い、セオドア・ルーズベルトが米国大統領に就任。10月には日英同盟の交渉が開始された年です。あと有名なのは12月に田中正造が足尾銅山鉱毒事件について明治天皇に直訴したこととか。

 1904年にはチェーホフ最後の作品『桜の園』がやはりモスクワ芸術座によって初演されました。そして、同年6月に結核の治療のためドイツのバーデンワイラーに転地療養するも、同年7月2日に同地で亡くなりました。現在はノヴォデヴィチの墓地に眠っているそうです。(そういえば、「三人姉妹」にも彼女たちの母親が同じ、ノヴォデヴィチの墓地に埋葬がされているという台詞がありました。)

 もう少し時代背景を前後まで視野を広げてみてみると、例えば日露戦争が始まったのが1904年(明治37年)2月8日。そしてそれに続いて人類史上最初の世界大戦であった第一次世界大戦(World War I)が1914年(大正3年)から1918年(大正7年)にかけて戦われ、終戦間際の1917年のロシアではいわゆるロシア革命(二月革命)が勃発し、ニコライ2世は遂に退位に追い込まれ300年続いたロシアの歴史上最後の王朝が幕を閉じたのでした。


ウラジーミル・レーニン(記Vladimir Lenin)|1870年4月22日 - 1924年1月21日



1901年8月16日、皇帝ニコライ2世と子供たち
Tsar Nicholas II of Russia and Tsarina Alexandra with their children,
Peterhof, 16th August 1901 1901

 意外と知られていなかった(僕も知らなった)のは、当時皇太子であった裕仁親王(昭和天皇)がヨーロッパ各国を歴訪していたということ。日本本の皇太子がヨーロッパを訪問したのは初めてのことであり、日本国内でも大きな問題となったらしい。


昭和天皇(しょうわてんのう)|1901年(明治34年)4月29日 - 1989年(昭和64年)1月7日

日本の第124代天皇(在位:1926年(大正15年)12月25日 - 1989年(昭和64年)1月7日)。神話上の天皇を除くと歴代天皇の中で在位期間が最も長く(約62年)最も長寿(87)だった。大日本帝国憲法の下では「國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬」する立憲君主制における天皇として、終戦の国策決定などに深く関与。1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法の下では「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」である天皇として「国政に関する権能を有しない」ものとされた。しかし占領期にはGHQ総司令官ダグラス・マッカーサーとの会見などにより、独自の政治的影響力を保持。公務の傍ら、御用掛の服部廣太郎の勧めにより、変形菌類(粘菌)とヒドロ虫類(ヒドロゾア)の分類学的研究を始めた。1928年(昭和3年)9月には皇居内に生物学御研究所が建設され、1929年(昭和4年)には自ら在野の粘菌研究第一人者南方熊楠のもとを訪れて進講を受けた。

 

写真は1919年(大正8年)4月、陸軍歩兵大尉の正衣を着用して撮影した当時18歳の裕仁親王。


  戯曲「三人姉妹」は、しばしば帝政ロシア末期、もはや斜陽にある貴族階級の没落過程と、生気のない現実と、そこから抜け出そうとする若者たちの足掻きや絶望、そしてかすかな希望とを描いたチェーホフ初期の名作ですが、今、読み返すと、私にとっては、耳を済ませばそこに迫りくる革命の不穏な足音の聞こえてくるような、そんな作品に感じられます。

 今年は戦後70年という記念(?)すべき年なのだそうですが、しかし現在のこの日本のこの時代が、果たして50年後、否、5年後であってさえ、未来から振り返って見られた時に、これが、“戦前”であった、と。そう、振り返られる可能性はないだろうか?

 あるいは、2011年3月11日の、以前と、以後の世界は本当に地続きの時代なのだろうか? あの3月11日の“以前”の私たちと“以後”の私たちは、同じであるといえるだろうか?

 終演後のご挨拶でそのようなことを少しお話ししました。稽古場で若い俳優たちと考えながら、考えながら考えながらチェーホフの描いた人間模様はまったく決して過去の話ではないのだ。ということを今、とても強く感じています。ぜひ静岡の舞台芸術を愛するみなさまとも一緒に、舞台を通じて考え語り合いたい。そう願ってこの作品を作りました。改めて、ご来場頂いた皆様へ改めて心より感謝を。

 

 ※2015年10月16日付の矢野のブログ、ysht.org|Tumblr「今年が戦後70年という年であること。と、いやいや実はこの(日本の)現代は(後の世から見たら)ひょっとしたら戦前という時代区分になっているかも知れない、ということ。」より転載。



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