鳥の演劇祭3 ショーケース参加作品
『近代能楽集』より「班女」

2010年9月17日(金)〜18日(土)@鳥の劇場・しかの心
作 / 三島由紀夫
構成・演出 / 矢野靖人



[出演]

川渕優子
櫻井晋
春日茉衣
たけうちみづゑ (chon-muop

[照明]
[音響・ドラマトゥルク]
[衣装]
[制作]
[主催]

則武鶴代
荒木まや
竹内陽子
shelf
鳥の劇場運営委員会

[日時]

2010年9月17日(金)〜18日(土)

17(金)
18(土)
14:00
16:00

 

[場所]

しかの心
鳥取県鳥取市鹿野町鹿野1809-1

■演出ノート

人間は「物語」を必要としてやまない存在である。言葉と文化の「文脈」に、人間は良かれ悪しかれ不可避的に、徹底的に依存してしまっている存在である。それは例えば、人間は幸福を感じるための参照項としての物語、つまり幸福とはこういうことを指すのだ、という物語を必要としているということであって、それが一人の芸術家としての私の人間観と、世界観とであります。

この私のいわば妄想と、三島由紀夫という芸術家の描いた妄想=世界観とを対峙させるために、そしてそこに生まれる緊張感とドラマ、カタルシスを作り出すために、私は今回の上演に際して、この、「班女」という物語を耽溺してやまない一人の女を設定しました。

この女は、切実に、ひたすらに「班女」という物語を必要としています。

舞台はこの孤独な、打ち捨てられた女が「班女」を独り読むシーンから始まります。それは上に挙げた「物語」と人との関係を具体的に描きたい、ということともう一つ、人が言葉を発する、発語するという行為の根源にある「衝動」を描きたい、それを解きほぐしたいという私の欲求に端を発しています。

人は何故、「物語」を必要としているのか。人は何故「言葉を発する」のか。

それは、

人は物語を使って、と、同時に物語に支配されながら、そのことによって他者から隔絶され孤立し、しかしそれでもなお他者を必要とし、他者と直接に繋がろうと欲する存在だからなのではないか。

と私は考えます。

打ち捨てられたこの女は、それでもなお「言葉」と「物語」とを超えて、他者と直接にコミュニケートすることが出来るのか。

他者に繋がることが出来るのか。

これは私の考える「人間」という存在の限界と可能性とを同時に描き出そうという試みです。

どうか皆さんに、その結末を見届けていただければと思います。

40分弱の短い時間ですが、最後までお楽しみ頂ければ幸いです。

演出 矢野靖人

■三島由紀夫について

1925年(大正14年)1月14日、東京市四谷区永住町2番地に、父・平岡梓、母・倭文重の長男として誕生。本名平岡公威。作家、文学者。小説のみならず、戯曲、評論も多くした。代表作に、小説「仮面の告白」「潮騒」(新潮社文学賞)「金閣寺」(読売文学賞)「鏡子の家」「夕刻」「豊饒の海」戯曲「近代能楽集」「鹿鳴館」「サド侯爵夫人」など。「ミシマ文学」は昭和31年に「潮騒」が英訳されたのを始めとし、諸外国語に翻訳され全世界で愛されている。昭和40年ノーベル
文学賞ノミネート。満年齢が昭和の年号と一致する「昭和」とともに歩んだ近代日本文学を代表する作家。













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