言葉の背後にある人間の意志

モスクワ・観劇レポート― < 日本・ロシア若手演出家交流プログラム2003 > について
矢野靖人





2003年12月、日本・ロシア若手演出家交流プログラム2003随行団として、一週間モスクワに滞在する機会を戴いた。訪れた劇場が4箇所に観劇した作品が5本(うち1本は稽古見学を含む)。ここにその模様を報告したい。

■ 『Artaud and his Double』 ヴァレリー・フォーキン演出 ― メイエルホリド・シアター・センター(稽古見学)

最初に見た作品は昨年Shizuoka春の芸術祭 2003に『変身』で好評を博したヴァレリー・フォーキン演出『Artaud and his Double』。劇場は、四囲にギャラリー(一つ上のフロアに相当)を配した18.9m×20.9mのフリースペースで、客席及び舞台面が自由に組めるようになっている。
そこにパーティー会場かカフェのように沢山の丸テーブルがランダムに配されていて、観客はそれらに数人ずつ適当に座る。舞台らしい舞台はなく、客席と舞台の境界線も存在しない。芝居は二幕構成で、アントナン・アルトー(1896 - 1948)が精神病院に入れられてしまうまでの間、1922-1937のパリが舞台となる。
冒頭、二人の男がなにやらふざけあっているような芝居から始まる。一人がアルトーで、もうひとりはその友人のアンドレ・ブルトン。芝居は基本的にこの二人の交流を軸に進行するのだが、二幕以降このブルトン役の俳優がアルトーの「分身」としても登場し、更には後にアルトーと袂を分かつことになるブルトンとはまた違った存在として彼もまたアルトーとぶつかり合うものだから、関係は非常に錯綜してくる。正直これは少々理解が困難な退屈な時間を過ごす羽目になるかと思ったものだが、これが不思議なことに、字幕なし・内容に関する事前の知識なしという状態では初めての外国語、しかもロシア語という日本では非常に馴染みの薄い言語での観劇体験であったにも拘らず、僕はこの芝居を、飽きずにずっと見ていられたのだった。これはこの後に見た芝居のどれをとっても同じことがいえるのだが、何というか言葉が分からなくても芝居が面白いのだ。単に演技がリアルであるというだけでない。演出家の様々な要求に対し、フォルムとして確実に応えながら、それを生きる力というのか。その技術・演技の質が、どの劇場の俳優をとってみても「同質」に高いのだ。その意味で本当に驚くべきはなのは、その同質さだろう。演劇の正規教育が在るということはこういうことなのだ。
特にこの芝居の場合、前述のようにその俳優の関係性が(本来そこで語られる内容が異なることによって“別な”役であることが語られるであろうところ、)言葉とは別の次元で、その俳優が先とは違う存在であることがたち現れてくるという、不思議な体験をしたのだった。スタニスラフスキー由来の俳優教育は、単にその心理的な内面の裏づけのみならず表出されたフォルムとしての表現として確実にあることをここでの俳優の演技は確実に証明していた。
芝居は2Fギャラリー部分で舞踏然としたダンスを踊るダンサーや、仮設された舞台上で繰り広げられる“小人”のドタバタ劇、アルトーがソルボンヌで発表した演劇とペストについての有名なスピーチなど、様々なレベルでのディスクールと見世物的要素を含みつつ、遂に誰からも理解されなくなったアルトーが拘束服を着せられギャラリーから吊り下げられるところで終わる。アルトーの代表的な著書に『演劇とその分身(The Theatre and its Double )』(1938)があるが、戯曲のタイトルはそのアナロジーか。

■ 『カラマーゾフの兄弟』 アルツィバーシェフ演出 ― マヤコフスキー劇場

基本的にロシアの劇場には全てクロークがあり、冬期はそこで全員がコートを預ける。ここはそれほどでもなかったが、翌日のタガンカ劇場ではセキュリティチェックも厳しかった。これも文化の違いか、コートは二人一組でしか預かってくれない。そればかりかそもそもチケットが基本的に二枚綴りになっている。これがこの国の演劇の社会の中での在り方か。
『カラマーゾフの兄弟』はポクロフカ劇場主宰でもあるアルツィバーシェフの新作。内容はロシア演劇の伝統的な心理的リアリズムの芝居といって好いだろう。とはいってもロシアの古い民謡やダンスをふんだんに取り入れた構成で、見世物としては非常に上質。3時間30分を超える大作なのに、着飾った男女で埋め尽くされた客席からは終始笑いがたえなかった。劇場のキャパシティは600名位だろうか。ゆったりとした構えのプロセニアム・アーチを備えた美しい劇場で、芝居もそれに見合う、全編オーソドックスだが絵画のように美しい演出だった。
ロシアの俳優はみんな踊りも歌もとても上手い。全ての劇場(劇団)が同時に楽団と合唱団を兼ねられるような勢いで、それがまた社会の中でロシアの劇場(劇団)のある位置が、ちょうどクラシックコンサートの会場のような社交の場所であることを物語る。

■ 『シャラーシュカ(特殊収容所)』 ユーリ・リュビーモフ演出 ― タガンカ劇場

『シャラーシュカ(特殊収容所)』は、ロシアへ帰国した亡命作家ソルジェニーツィンの80歳の誕生日を祝って、同じく亡命から戻ったリュビーモフが発表した作品。ソルジェニーツィンの小説『煉獄の中で』が舞台化されたもので、内容は堀江新二著『したたかなロシア演劇−タガンカ劇場と現代ロシア演劇』世界思想社に詳しい。長くなるが引用する。

『シャラーシュカ(特殊収容所)』は「疑わしきものはすべて収容所へ」という粛清の嵐吹き荒れるスターリン時代に主として理工系のインテリ政治犯(政治犯といっても、ほとんどが身に覚えのない些細なことで「密告」にあい「帝国主義の手先」「国民の敵」として十年、二十年の刑で投獄されている人たちである)が集められた収容所で、スターリンに役立つ様々な機械技術を開発する工場でもあった。(中略)・・・リュビーモフはこの小説をいつものように自ら脚色し、会話の部分と原作の字の部分をうまくつないでみせる。会話の部分が終わると、突然収容所の女性兵士(看守)が客席で立ち上がり、彼女の指揮でロシア正教のミサ曲がアカペラで歌われる。(前掲引用)

舞台から観客席の中ほどまで、半円形の花道(客席側から舞台方面へ傾斜している)が設えてあって、しばしば劇中で囚人たちが回って歩く。その半円形の花道の内側にも客席があり、中央に演出家の席が置かれている。その席でリュビーモフは懐中電灯をグルグル回して俳優に指示を出したり、時に俳優として客席側を向きマイクを手に演説をしたりする。

彼はスターリンを自ら演じているのである。メークもせず、衣装も普段着のまま、舞台には上がらず、観客席の中央前方の演出家席でリュビーモフがスターリンを演じる。(中略)・・・八十一歳の彼が時に残酷な、ときに愛想のいいスターリンを見事に演じ、またスターリンについてのソルジェニーツィンの地の文を、テキスト片手に読む姿は、いつまでも演劇の新しい形を追い求めるリュビーモフの真骨頂を見る思いだ。しかも、彼がスターリンを演じるということは、彼の父母を獄舎に閉じ込め、彼の師ともいうべきメイエルホリドを銃殺にしたその張本人を演じることであり、後に自らを国外追放するそのシステムの長を演じることでもある。あの恐ろしい時代が何だったのか、その根源を探りながら、自ら体験的にその時代を暴露する姿勢は、常に時代とそこに生きる人々の苦しみの根源を探ってきたタガンカの本来の姿である。(同引用)

様々な位相の言葉(歌〜ト書き〜演説〜日常会話)が混在するテキストで、その違いが画的にも美しかった。舞台に上がらないリュビーモフ氏と舞台上の俳優たちの関係が、単にスターリンと囚人・看守らというだけでなく演出家と俳優、語り手と登場人物と幾重にも重なる。背後にそびえる巨大なレーニン像。一見すると裁判所のような設えの空間は、板張りの装置の組み方次第でベッドにも作業場にも見え、劇中で囚人たちが回る張り出しの花道は、その単純な動作で以って何か非人間的な作業に従事せられている場にも、革命後の閑散とした市街にもなる。
しかしそれにしてもヨーロッパの人間の作る現代演劇は、何故斯くも言葉に力があるのだろうか。シェイクスピア然りギリシア悲劇然り。この芝居に出てくる言葉のうち、演説やアカペラのミサ曲のような、もともと音楽性の高い、情動にダイレクトに働きかけるもののみならず、ほとんど日常語に近い言葉、それこそ後に触れる「スタニスラフスキーの家のそば劇場」のチェーホフの台詞の様なそれ以前の劇的な台詞としての「語り」の要素が徹底的に排された会話体までもが朗々と「語る」言葉の快楽に、常に支えられてあるように思えてならない。つまりその語られる言葉には明確な鍛えられた身体が内在しているのだ。

■ 『二人で狂う・・・好きなだけ』 西悟志演出 ― メイエルホリド・シアター・センター

その意味で、言葉に対して逆の方向からアプローチして、言葉の身体的な魅力を様式として探っていたのが西悟志の演出だった。基本的にイヨネスコのテキストは一切変えていないとはいえ、シーンを切り貼りして何度も繰り返したり、せりふを一行・一語のレベルまで分解し逆回しに構成しなおしたりと、実験的な要素が強い作品で、俳優の佇まいも所謂ナチュラルな演技を排し、抑揚をコントロールされた上で猛烈な勢いで演じられる。結果として言葉の意味が極限まで削り取られて、そこに人間の存在の重さと孤独、コミュニケーションの断絶がたち現れてくる。初演時よりも笑いというかある種の俳優の演技の「軽さ」が排されていて、それはそれで演出家のフォーカスが深くなっているように見受けられ僕はとても好感を持った。初演時にも演出として主にト書きと、時折台詞をディスプレイに映し出していたのだが、今回はロシア語の字幕を用意しなければならないということもあって背景に大きなスクリーンを吊りそこに翻訳テキストを映し出していた。個人的にはそれが非常に面白く、というのもそこに過剰なまでに「説明的に」映し出されるロシア語の字幕が、それがそもそも(ロシア語で書かれているので)全く読めない自分にとってどう頑張っても解読不能の象形文字にしか見えず、更には過剰な説明(台詞・ト書き)がその過剰さで以って要をなさないレベルに達し、結果前述したような言葉の意味の「削り取り」が本来の意図とはずらされたところでなされている、そんな効果を受けたのだった。もちろん個人的な「誤読」に過ぎないかもしれない。だが現実にそのロシア語の字幕と芝居を観ていたロシア人の観客から笑いが起きたりすると、その瞬間確かにそこに書かれてあるのは言葉なのだと思い知らされ、いわば客席と舞台とスクリーンと、と方々から解釈のコードが振り向けられて、終わってみれば実にスリリングな時間だった。

二日目には上演に先立って、日本とロシアの演出家によるミーティングが実施された。記録ビデオで利賀村及び利賀フェスティバルの様子を紹介した後、静岡舞台芸術センターの山村武義氏によるレクチャー、続いて菅孝行氏による演出家コンクールの補足説明がなされた。
参加人数は30名前後とそれほど多くはなかったが、劇場で研修を受けているという若手演出家など多数の参加があり、特に演出家コンクールについて非常に関心が寄せられた。寄せられた質問が、外国人の参加は可能か?日本の若い作家の作品が取り上げられることもあるのか?等々。なかでも後者の質問に対して日本側の回答が「基本的に若い作家の作品を扱う可能性は低いと思う。(演出・創作に際して)歴史性・様式性等と向き合うことが大切であると考え、またそのために歴史的なテキストを取り上げることが多い」とあったのは、非常に興味深かった。
もちろんそこには日本の特殊な事情がある。新作上演といえばすべて新作戯曲の上演ばかりで古典的なテキストの読み直しや新解釈、新演出はほとんどされて来なかった、そのことによって演劇の面白さのある局面を殺してきてしまったのではないか?というそれは確かに否めないし、その観点に立つことによって新しい局面を切り開こうという現在のコンクールの在り方は非常に正しいとは思う。だが問題が本当にそれだけならば、つまり対象テキストと演出(家)との距離が問題なだけならば、必ずしも課題戯曲が古典である必要はないはずだ。ひょっとするとそこには実は、日本の若手の作家の中で今どれだけが「歴史性・様式性等」を踏まえて戯曲を書き得ているかという、そのような問題意識があったのではないだろうか。東京は例えば下北沢界隈で上演されている作品を見ている限り、確かにわが国の演劇の『歴史性』に意識的な作品など(一部の作家を除いて)皆無に等しい。しかしそれは演劇固有の問題としてあるよりも、むしろ戯曲もまた日本語で書かれたテキストである以上、極端に古典を軽視して来た日本語教育の問題としてこそ存在するのではないか。ロシアでは新作戯曲があまり上演されていないらしく、そのことを考えれば質問者の意図も分からなくはないが・・・。
その場ではそれ以上追求されなかったが、なぜ若手作家や、同時代の作家の作品が課題戯曲に挙げられないのか、我々はことの背後にある問題に対しもっと大きな視野を持って取り組まなければならないのかも知れない。

■ 『三人姉妹』 ポグレブニチコ演出 ― スタニスラフスキーの家のそば劇場

スタニスラフスキーの家のそば劇場はリュビーモフの弟子の一人、ポグレブニチコが作った小劇場。「従来の演劇の知的解体を行う刺激的な劇場」とは、前述の堀江新二氏の別著『ロシア演劇の魅力』(東洋書店 ユーラシア・ブックレットNo.36)の引用。もちろん作品の内容を知っているというのもあったのだが、正直一番楽しめた作品だった。キャパ100程度、倉庫を改装した劇場とのことで、印象は日本の小劇場にとても近い。とはいえ他の劇場に同じくここも基本的に常打ち小屋で、1演目を月に3-4回、作品5-6本をレパートリー上演しているというのだから、ロシアの演劇は文化としての懐が断然深い。
観客も見方を心得ていて、みんながとてもよく笑う。デフォルメされたキャラクターがどれも秀逸で、次々と不条理なことをしかし大真面目に仕出かす様がその一人一人の真剣さゆえに、チェーホフの人間への冷めた眼差しを際立たせる。

彼の国では依然としてチェーホフが、スタニスラフスキーそしてメイエルホリドが生きている。ロシア滞在の印象を一言でいえばそうなるかも知れない。それは単にメンタルな問題ではなく、言語のレベルでそうなのだ。つまり劇言語と日常語との距離がひょっとしたらとても近いのではないだろうかと、そんな印象を受けたのだった。例えばロシア語を母国語にする人々にとって、どうやらチェーホフの言語は全然古臭くないらしい。そのことに僕はひどく驚いた。そもそもロシアでは言葉は古びないものなのか、それともチェーホフの言葉の耐用年数がズバ抜けて長いのかそれは僕には分からない。ただ一ついえるのは劇言語の母体である日常語、どうやらそれ自体が非常な強度を持って在るらしいということだ。結果、日常言語と劇言語とは、その強度、言葉の背後にある人間の意志の強さによって、お互いに非常に近しい存在となる。

そもそも言葉はその時代時代の人々の思想を映し出してきたはずで、古典が力を持っている国ではその意思が重層的に積み上げられて来ているのかも知れない。その意味で、ともすれば現代の日本語が薄っぺらなのは古典をバックにしていないからであり、逆に古典教育の確かなヨーロッパでは劇言語も非常な強度を保ち続けているのかも知れない。

ロシアの演劇の伝統が、自分たちの生きている時代を捉える芝居を創造することなのだとすれば、それはつまり自分が生きている世界に対して常にアクチュアルで在り続けるということであり、その結果、劇言語は歴史を踏まえた上での現実の世界認識、ややもすれば中空に掻き消えてしまいかねないその時代の人々の様々な意思を、カタチあるもの=新しい言葉として固着させることになる。

先述したように、歴史性を意識するということ。それは決して、単に古いもの大事にする、古典に回帰するということではないのだ。自己のおかれた文脈を再認識・再構築することであり、今この時点における世界認識を刷新し続けるということであり、― 使用言語を強化するということなのだ。そのために必要なプロセスとしてこそ歴史への意識は存在する。

歴史への意識は人間の未来への意志なのだ。

初出 雑誌 「演劇人」 015号 (編集・発行= (財) 舞台芸術財団演劇人会議)
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