そういえば、今日のワークショップで、歌舞伎俳優のNさんから「戯曲を誤読しない方法」について質問されたのだった。言い方を変えると、戯曲の正しい読み方について。
――難しい問題だと思う。正解はない、と言ってもいいかもしれない。むしろ誤読したほうが面白い時さえある。
ただ、基本的に僕が考えている読み方というのは、というか自分がどう読んでいるか、についての覚書みたいなものになるのだけれど、
戯曲の読み方については、俳優のその発語がきちんと言葉の上っ面の説明でない、言葉の発語“行為”を起こすための内なる“衝動”に支えられているかどうか。その衝動はどこにあるのか。ということに気をつけて読んでいる、と思う。自分は。
俳優=actor であって、俳優の言動はすべてaction=行為でなければならないと思う。そしてすべてのaction は、相手の反応=re-actionを想定している。それが思い通りになるか、裏切られるかに関わらず。誤解を顧みずに言ってしまえば、自分の発語“行為”によって、相手の身体をどう“変える”か。どのようにそれを狙っているか。が十全に考えられてなければならないと思う。俳優という職業の仕事については。
そしてそれは逆もまた然り、で、相手役の衝動にどこまで期せずして自分が揺さぶられるか。というのも“読み”の重要なポイント。読みではなく立ち稽古になってからはまた違った問題が生じてくるとは思うのだけど、
つまり相手の挙動にどこまで自分が影響されるか。自分が企図している演技プランについては十二分に準備をしておきながら、その時その場でどこまで想定外のことに反応できるか。受け入れられるか。
そのために身体と心をどこまで開いていられるか。
だと思うのだけど、
この問題。非常に難しい問題なので(今は思うがままに筆を任せているだけので、)また改めて後日、じっくり考えてみたいと思う。