千種セレクション vol.1 ウィークA
「エピソード、断片―鈴江俊郎中期テキストから―
2010年2月18日(木)〜20日(土)@千種文化小劇場ちくさ座
原作 / 鈴江俊郎 『髪をかきあげる』 ほか
構成・演出 / 矢野靖人



名古屋市千種文化小劇場が主催する企画、千種セレクションvol.1 に招聘頂きました。一週目によこしまブロッコリー(名古屋)とshelf(東京)、2週目にトライフル(名古屋)と第七劇場(東京)が参加し、各カンパニーが1時間程度の作品を連続上演。 shelfは鈴江俊郎の幾つかの戯曲から台詞を抜粋した作品「エピソード、断片−鈴江俊郎中期テキストから−」を上演しました。


[出演]

川渕優子 Yuko Kawabuchi
櫻井晋 Susumu Sakurai
春日茉衣 Mai Kasuga
松倉かおり (ノアノオモチャバコ) Kaori Matsukura

[音響]
[照明]
[衣装]
[ドラマトゥルク]
[制作]
[主催]

荒木まや (Stage Office)
則武鶴代
竹内陽子
荒木まや
shelf
千種文化小劇場
[日時]

2010年2月18日(木)〜20日(土)

18(木)
19(金)
20(土)
13:00★
 19:00
 19:00
17:00

※ウィークAは、よこしまブロッコリー『惑星の軌道』 との同時上演となります。
 各演目1時間以内、上演順は休憩をはさんでshelfが後になります。
※開場は開演の30分前、受付開始は開演の60分前です。
★の回は終演後15:30〜16:00の間に、演出家によるポスト・パフォーマンス・トークを実施します。

[場所] 千種文化小劇場
名古屋市千種区千種三丁目6番10号
TEL / 052-745-6235 FAX / 052-745-6236
メールアドレス / chikusaza@gmail.com
地下鉄桜通線「吹上」7番出口北へ徒歩3分
市バス吹上11号系統「大久手」下車 徒歩すぐ
[お問合わせ] 千種文化小劇場 052-745-6235


■作品紹介
鈴江戯曲にはいつも、独特の哀しみとユーモアがある。社会と、時代と個人との相克からくる軋み。時代に取り残された人たち、社会にうまく馴染めない人たちの足掻きが多く描かれているからだ。しかしそんな人たちだからこそ、その不器用さはとても人間らしく愛おしい。そして何より人間と社会との接点で起きる“そこでしか生きることの出来ない” 人間の抱える本質的な問題がそこに描かれている。代表作 『髪をかきあげる』 (第40回岸田國士戯曲賞受賞作)、 一人芝居 『私、うれしい』 など幾編かの中期戯曲からテキストを抜粋して、他でもない今の私たちの抱えている問題を浮き彫りにする作品を構成したいと思う。
古典、近代の戯曲を中心に取り上げてきたshelfがお届けする久しぶりの現代戯曲作品を、どうかご期待頂きたい。

鈴江俊郎について
1963年大阪生まれ。京都大学在学中に演劇活動を始める。1993年に京都で劇団八時半を旗揚げ。以来、ほぼ全作品の作演出を手がけ、俳優として舞台にも立つ。1995年 『零れる果実』 で第2回シアターコクーン戯曲賞を受賞、同年 『ともだちが来た』 で第2回OMS戯曲賞受賞。1996年 『髪をかきあげる』 で第40回岸田國士戯曲賞。 京都の舞台芸術活性化のため 「京都舞台芸術協会」 の設立に参加するなど積極的な活動を行っている他NHKのラジオドラマや、文学座をはじめとする他劇団にも多くの作品を提供している。 2007年、劇団八時半は活動を休止。戯曲は英独露インドネシア語に翻訳され海外でも紹介されている。2009年より桐朋学園短期大学演劇専攻准教授。


■演出ノート(当日パンフレットより)
鈴江俊郎の代表作 『髪をかきあげる』 (1995年)から 「蛍のいない川辺」 で蛍を探す夫婦のシーンと、一人芝居 『私、うれしい』 (1993年)から台詞を一部抜粋し、 『私、うれしい』 の主人公を主軸に一つの作品に再構成しました。

本当は中期戯曲から何篇かを抜粋して、と思っていたのですが、最終的に初期のこの二本だけの台詞を使うことになりました。一部、どちらのテキストでも使われていない台詞もあります。短いシーンですが、稽古場で俳優たちと創作したシーンです。

今回の作品のモチーフは 「喪失」 です。

大切なものを失った人。失ったものから逃れられずにいる人。失ったことで何かを得る人。

作品を通して考えたかったのは、これから先私たちは生きていくうえで数多くのものを失っていく。その喪失することを決定づけられているものについて、今のうちにもっともっと思いを致さないといけないのではないか。あるいは僕らは今既に、知らず知らずのうちに大切なものを喪失しているのではないか。ということです。

或いは失うということは人間にとってどういうことなのか。

それにしても、今回、久しぶりに現代口語のテキストと向き合って、だいぶ手こずりました。近代戯曲、古典戯曲と異なるのは言葉の冗長率が非常に高いということです。言葉にノイズが多いんですね。

具体的には、一見無駄に見えるような言い淀み、言い間違い。口をついて思わず発してしまう言葉や思いに言葉が足りなくてつい付け足してしまう余分な言葉などが沢山あって、その間を埋める 「え」 とか、 「あ」 、 「や」 みたいな、その言葉それ自体では 「意味」 をなさない語句が、口語ではかえってとても重要な価値を帯びてくる。場合によっては敢えて 「あ、」 「え」 とかって語句を戯曲に足したりして作業を進めました。

もちろん言葉の背後にある人間の意識の流れや感情の起伏、それに伴う身体の変化などは、近代戯曲を演じる場合のそれと基本的には同じで、俳優の作業はそれとあまり変わらない。はずなんだけれど、だけれどもやっぱりパフォーマンスの質感というか、演技の手触りがだいぶ違う。演出としても現代口語を扱うのは久しぶりなので、(といっても厳密な話をすると鈴江戯曲は所謂「現代口語」ではないのですが、)いろいろと戸惑いつつも、そんな作業を楽しんで作りました。

演技をナチュラルに、日常と同じように振る舞えばいいかというと全然違っていて、そんなものは面白くもなんともない。そういう演技はテレビや映画などの映像に任せておけばいい、ということでやっぱりある種の舞台表現ならではの演技の様式性をどこまで獲得できるか。という問題と格闘しました。

日常に近いけど、日常とはまた違った手触りの時間の流れる作品。shelfが今回目指したのはそんなささやかな作品です。

1時間弱の小編ですが、最後までごゆっくりお楽しみください。







撮影/新井亮


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