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稽古場レポート 1日目

前記の通り、急遽shelfの稽古場におじゃましました。

稽古自体は19時から始まるとのこと。矢野君からのメールでは稽古は佳境に入ったらしく、果たしてそんな時期にレポートしてよいのだろうかと少し不安になる。
地下への階段を降り、扉越しに中の様子をうかがいながらゆっくりとノブを回す。
「おはようございます」
気がつけば、長年演劇界に居て当たり前になってしまった常識で挨拶をしていた。
今までの常識を、言葉を、身体を疑い、既存のテキストを分解、再構築する演出家、矢野靖人の率いるshelfの稽古レポートはこうして始まった。

できうるならば、私が初めてshelfの表現に触れ、戸惑い、驚き、理解したプロセスをこのレポートで再現してみようと思う。
果たしてそれが皆さんの観劇上の指針になるのか、それとも余計なお世話かわからないが、とにもかくにも全力を尽くすつもりだ。
それが、1番最初の観客の勤めだと私は思うのだ。

稽古場に来て一番最初に感じたのは、その緊張感だ。
本番が行われる七ツ寺スタジオの舞台と同規模程度の稽古場に、俳優が5人、演出家が1人。たったそれだけの人間がかなりの濃密な空気を作り出している。

その中で日常からやって来た私は、明らかに居場所を失ってしまった。

俳優は身体をほぐしストレッチをしているだけなのに、私はそこに居ることができない。何故だろうか。

多分、当日実際に彼らの舞台に触れる観客は同じ思いをするだろう。

既存の演劇に比べ、殆ど動かない俳優達。その身体とそれを支える意識の前に僕らは動けない。

私は彼らを観ていたつもりなのだが、実は彼らに観られているのだろうか。
「意識を広げて」「もっと周りを気にして」床のキシミ、息づかい、紙が落ちる音。
舞台上で偶然起きる様々な音のアクシデントにも意識を向けるよう、演出から指示が入る。
意識された偶然や私達は、いつの間にか芝居の一部に組み込まれてしまう。

目には見えないが、その場を共有した人間には確実に存在を認識できる、空間を埋め尽くそうとする俳優達のココロの働き、緊張感。

あぁ、

そこで私は、この原作がイプセンの『幽霊』だと思い出した。
演劇は風に書かれた文字だと言ったのは誰だったか。
私とあなたの間にある目に見えない何か。次の瞬間すぐに消えてしまう何か。だけれども確実に共有できる何か。
それを目に見えないはずの幽霊に託して、shelfは作品を構築していた。

そして稽古終了。

見学初日なので頭から順番に観れる訳ではなかったが、はっきり言って解らない。
まずイプセンが解らない。
名前に「プ」が付くって意味ワカンナイ。

10年以上前に『人形の家』を読んだが、あまりにも遠い過去なので忘れてしまっている。『幽霊』なんて知ってるわけ無い。
一応私はこれでも、演劇の専門学校で2年間勉強し「芸術専門士」というよく解らない資格のようなものを持っている。
狂言、日舞、クラシック、モダン、野口体操、声楽、発声、日本及び世界演劇史などなど。新劇の学校で、先生はアングラ出身で、小劇場を観に行き、静かな芝居と言われた青年団に入った。
なのに解らない。
いや、目の前で起こっている事がなんなのかは解るんだけれども、それが一体どんな意図のもとに構築されていくのかが解らない。
なのに俳優と演出は、ある共通の思いで繋がっている。

さあ説明も解らなくなってきました。

とりあえずまだ混乱しておこう。
重要なのは自分の理屈や概念で表現を判断するのではなく、相手の表現をそのまま受け取る事なのだから。きっと名古屋の観客もこの混乱を通るのだろう。

片づけと着替えをした後、池袋に移動し今後どんな形でレポートを進めていくのか少しだけ矢野君と話す。
終電ギリギリで電車に飛び込み、家についた時は1時をとっくに回っていた。

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2006年11月28日 12:23に投稿されたエントリーのページです。

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