イプセンは創作に際し家庭劇、ことに現代劇にその基礎を置いた。それは一般に、当時の生活状況や道徳問題について、自らの批評や疑問を紹介するためであったと云われている。
しかしながら現在、彼の戯曲がいまだ有効なのは、そこに提示された疑問や批評そのものによってではない。むしろその疑い続けるという姿勢そのものであり、酷薄なほど徹底した人間に対しての客観、悪意にも似た冷ややかな視線がそこに内在する故である。
戯曲「幽霊」において描かれる幽霊とは即ち、広く人間の因襲のことである。そしてまた、遺伝・宗教・社会制度・歴史・家庭等、人間を規定する――しかし実体のない――人間を取り巻く様々な枠組そのものをも含意している。
我々は日常、様々な慣習や常識・理性や、広くは文化といった後天的な制約によって、かろうじて社会と精神の均衡を保っている。にも関わらず「幽霊」は、そこには実はなんの根拠のないことを暴いてしまう。それらすべてを「幽霊」にすぎないと断じ・切り捨てたとき、わたしたちの眼前に日常の深い裂け目が顕わになる。
わたしはその場に立ちすくむ。
足元が揺らぐ。
逃れようとしても決して逃れることはできない、のっぴきならない現実に眩暈を覚える――
「構成・イプセン ― Composition / Ibsen」は、イプセンの戯曲「幽霊」を主軸に、同じく「人形の家」はノーラのテキストを補助線として、近代以降の人間の精神の在りようを改めて検証する試みである。
ギリシア悲劇にも比肩せられる本戯曲の圧倒的なカタルシスをご期待頂きたい。
矢野靖人